今日も明日も、マリリン日和

センター負傷棟から救出された雑種犬、マリリン。車いすを軽快に乗りこなすマリリンと、夫と、私。家族の日々の記録です。

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戦争の欠片 ~忌野清志郎さんに寄せて~

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2014年8月8日付、信濃毎日新聞さまの一面コラム「斜面」で、『おかえり!ユキ』を取り上げてくださいました。

長野県内における犬の献納に言及された上で、絵本については、次のように書いてくださっております。

「郷土出版社が出した絵本『おかえり!ユキ』は献納した雑種犬ユキと飼い主の物語だ。語り継ぐ戦争絵本シリーズの第15巻だが、捨て犬が保護・殺処分される身の回りの現実にも目を向け、時代を超えた問いを投げ掛けた。」

拙い作品をこのようなコラムで取り上げていただけるとは、思いも寄らないことでしたので、尽きることのない感謝の思いでいっぱいです。

コラムを通じて、ひとりでも多くの方に、犬の献納や現代の保護犬のことを知っていただけたらと、願ってやみません。





          





今年5月。

忌野清志郎さんの命日に合わせ、NHKでひとつの番組が放送された。

『ラストデイズ 忌野清志郎×太田光』

胸をドキドキさせながら、テレビの前で正座し、観た。



「Woo 授業をサボって陽のあたる場所にいたんだよ

寝ころんでたのさ 屋上で

たばこのけむり とても青くて」

『トランジスタラジオ』に代表されるように、ドロップアウトした人間を、彼にしかない感性で気持ちよく歌っちゃう、清志郎さん。

そんな彼が、30代半ばから、社会を歌うことに強く拘った。



チェルノブイリ原発事故から2年後。

「何 言ってんだー ふざけんじゃねー 核などいらねえ」

と歌詞をつけた、『ラヴ・ミー・テンダー』。

「日本の原発は安全です さっぱりわかんねえ 根拠がねえ

原子力発電所はまだ増える 知らねえうちに漏れていた」

と歌った、『サマー・タイム・ブルース』。

それらの洋楽カバーを収録したアルバム『COVERS』は、波紋を呼び、発売中止となった。



当時、『トランジスタラジオ』のような世界観に惚れ込んでいた人たちは、清志郎さんが変わってゆくことに対し、違和感を覚えたという。

そのひとりが、爆笑問題の太田光さんだ。

ずっと分からなかったんだよね、と彼は言った。

もともと比喩的な詩人で、言葉に自由な幅を持つ清志郎さんが、あの感性を持ちながら、なぜ、ストレートな表現をするようになったのか。

太田さんも、50歳を迎える年齢となった今、自分がどう社会と向き合うべきかを強く考えるようになり、そこに、清志郎さんへの興味が重なっているのだと言う。

番組では、太田さんを案内人とし、清志郎さんという人に迫った。



清志郎さんと太田さんの出会いは、1999年。

当時、爆笑問題は、時事問題をネタにした若手漫才師として、人気を集めていた。

ふたりを結びつけたきっかけは、雑誌のコラムで、太田さんが政治を皮肉ったことだ。

太田さんは、

「今、この日本で政治がどれほどの影響力を持っているというのだろうか。

自分が投票しても、あるいはしなくても、普段の生活に変わりがないとハッキリ言いきれるならば……

選挙に行かない我々の態度は、正解なのではないだろうか」

と書いたそうだ。

そのコラムを読んだ清志郎さんから、「会って、一言文句が言いたい」と対談を申し込まれた。

清志郎さんは、

「それまで爆笑問題を好きだったんだけど、あれを読んでガクッときてね。

政治に無関心でいいなんて言ってると、君の息子なんかが、戦争に行っちゃうわけよ」

と言ったという。



清志郎さんは、実の両親の顔を知らない。

3歳で母親と死別し、その後は、伯母夫婦に引き取られた。

伯母夫婦の実の子じゃないことは、うすうす感じていたという。

打ち明けられたときも、「あーやっぱりね」と。

「オレだけ親戚とかにも馴染めなくて。とにかくオレは、大人と口がきけなかった」

彼は、幼少期を、そう振り返っている。



清志郎さんは、昔から、繊細で、敏感で、特別な感性を持っていたそうだ。

学生時代の友人たちは、みな口をそろえて、こう語る。

学校に馴染めず、授業をサボってばかりいた彼だったが、かといって、反抗的な態度をとるわけでもなかった。

目立たなくて、物静かで。

あいつは、誰ともつるまなかった、と。



デビュー後、楽曲が次々とヒットし、清志郎さんは、休むことなく走り続けていた。

そして、1986年秋、35歳の彼は、ロックの本場イギリスで、分岐点を迎える。

日本と異なり、どれほど深刻な話題でもロックンロールにぶつける彼らの音楽に、強く揺さぶられた。

「自分の考えてる事とか、自分の気持ちは、ガンて外に言ってないとダメだなと思ったの」

後に、当時の心境を振り返り、分岐点だったと自ら語っている。



それが、アルバム『COVERS』の制作へとつながるのだが、仲間たちを含めた多くの人が、清志郎さんの歌詞に違和感を覚え、また、多方面から凄まじい圧力がかかった。

しかし彼は、『COVERS』に拘り続ける。

そこには、実母への思いが重なっていたのだという。

アルバム制作のちょうどその頃、清志郎さんは、母の遺品である、1冊の古びたアルバムを受け取っていた。



母は、結婚間もない夫を、戦争で亡くしている。

アルバムには、夫を思い、待ち続けた母の短歌が記されていた。

「帰らざる 人とは知れど わがこころ なほ待ちわびぬ 夢のまにまに」



それを目にした清志郎さんは、母へ思いを馳せ、『彼女に関すること』として、こう綴っている。

「彼女は激しい恋をして、そして、彼氏と結ばれた

ペラペラの薄っぺらな紙に、夫の死亡が書かれていた

彼女は、もう諦めていたのかもしれないけど

あっちこっちに行ったり、帰ってきた夫の仲間に消息を聞いて回ったり…

夫の無事を祈ってたんだ

彼氏のことを想って、歌を詠んだりもした」



イギリスでの分岐点、チェルノブイリ原発事故、そして、戦争の犠牲となった人々への強い思いが、彼を、彼の音楽を、ストレートなものへと変えていった。



太田さんも今、表現者として、どう社会と関わるべきかを葛藤しているという。

「一番創造性が高いのは、物語を作って、その中にメッセージを押し込めること。

クリエーターとしては、それがまっとうだと思う。

けど時々、そんなことやってらんないよってなっちゃうこともあるんだよね。

それはもう、野暮だと分かっていても、言わずにはいられない時もあって……。

オレが、『COVERS』を野暮だなんて、言えた義理じゃないんだよね」



私自身は、清志郎さんの表現方法の模索は、30代以降もずっと続いていたと思っている。

彼は死ぬまで、人一倍、いや人百倍の鋭敏な感性を、時に胸の奥で温め、時に露わに外部へさらし、傷つきながら、世界から悲しみがなくなることを願い続けた。

その音楽は、彼の願いとともに、次世代、次々世代に、広く受け継がれている。



番組の最後で、背中を丸め、ぼそぼそと語る太田さんの言葉が、胸をひりつかせた。

「もの作る人が鈍感になっちゃうと、やっぱいいもの作れないんだろうなって。

それは、清志郎さんもそうだったと思うよね。

ほんとに敏感で、繊細で、傷ついてさ、そんで、やさしいでしょ。

オレ、もうちょっと年とったら鈍感になりたいなって思ってたんだけど、それは、表現者としては落ちていくってことだよね。

表現を研ぎ澄ませていくんだったら、敏感なままで、子どものままで、傷つきやすいまんまで、いるべきだしね。

でもそりゃあ、苦しいだろうなって思うね」





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胸の中に、さまざまな思いがめぐる。

30代半ばの分岐点……。

私も現在ちょうどその年代であり、ここ数年は特に、社会の中で自分に何ができるかを考えるようになった。

自分が今、思うことは、育ててくれた社会に、何かを返したいということだ。

そして、次世代、次々世代へ向け、自分が生きている間にできることを模索し、身を尽くしてゆきたい。



今年も、8月15日がやってくる。

戦争のことを、あの過ちのことを、思う。

日頃、私なりに感じていることを、野暮だと知りつつ、少しだけ綴ってみる。



戦争や平和というと、特に若い世代の間では、何か漠然とした、観念的な把握に終わりがちだけれど、私は、もっと身近なものだと思っている。

今、生活しているこの場所で、あの町で、人と人との間に、人の心の中に、そこらじゅうに、戦争は潜んでいるのだと。

それはいつだって、思いもよらぬ瞬間に、ふと、顔を覗かせる。



保身のため、誰かを傷つけ、誰かを陥れ、誰かの心を踏みにじったとき。

自らが選びとった人生に不満を覚え、弱い者を探し出し、苛立ちをぶつけるとき。

自己練磨を重ねるでもなく、人を羨み、愚かな嫉妬に走るとき。

すべてを政治や社会のせいにするとき。



自分さえ良ければ、それでいい。

やられたら、やり返す。

正義の名のもと、集団いじめ。

名無しの卑怯な、傍観者。



自分の目で見、耳で聴き、頭で考えず。

認め合う心を忘れて。

人の痛みを痛みと感じなくなったとき。

戦争は、もう、そこにある。

あらゆる人の、胸の中に。



人間は、弱くて、脆い。

その愚かさを、私たちは目を背けず受け止める必要があるのだと思う。

そして、日々生まれてしまった戦争の欠片を、心の中からなくそうとする。

その心持ちが、大切なのではないか。

悲しい過ちを繰り返さぬために。

自分にできる、小さくて、けれど、大きな意味のある一歩なのだと、私は思っている。





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『風に吹かれて』 ボブ・ディラン

(RCサクセション・忌野清志郎バージョン アルバム『COVERS』より)



どれだけ遠くまで歩けば 大人になれるの?

どれだけ金を払えば 満足できるの?

どれだけミサイルが飛んだら 戦争が終わるの?



その答えは風の中さ 風が知ってるだけさ



いつまで追っかけられたら 静かに眠れるの?

どれだけテレビが歌えば 自由になれるの?

どれだけニュースを見てたら 平和な日が来るの?



その答えは風の中さ 風が知ってるだけさ



どれだけ強くなれたら 安心できるの?

どれだけ嘘をついたら 信用できるの?

いつまで傷つけあったら 仲良くできるの?



その答えは風の中さ 風が知ってるだけさ



したがって

どれだけ風が吹いたら 解決できるの?

どれだけ人が死んだら 悲しくなくなるの?

どれだけ子供が飢えたら 何かが出来るの?



その答えは風の中さ 風が知ってるだけさ











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| 戦争と犬 | 11:08 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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『おかえり!ユキ』、発刊しました

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本日、私が文を担当させていただきました絵本『おかえり!ユキ』が、発刊いたしました。





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予約を賜っております方には、出版社より、お手元に発送されます。

ご注文は、引き続き、出版社ホームページのご注文フォーム、電話、FAXにて受け付けております。

また、長野県内の書店さまでは、13日の日曜あたりから、店頭に並ぶそうです。

全国各地における書店さまにてお求めくださる場合は、取り寄せ注文となりますので、大変申し訳ございませんが、多少お時間をいただいてしまうことをご了承くださいませ。





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本書への思いについては、こちらの記事で綴っております。

今後、私たちの国は、戦争を知らない世代でつくられてゆきます。

犬の献納は、これからの時代でも、十分に起こり得ることであると、私は思っています。

当時のこと、たくさんの動物や人々の思いが、ひとりでも多くの方に伝わりますよう、一語、一語に思いを込めました。

彼らの生きた歴史を知り、そして、いま傍らで温かな呼吸をしている動物家族を愛していただけたら……。

そう願っております。





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時代を駆けぬけたユキの魂、それを追い続けたかよさんの姿が、今を生きる方々の胸に、そっと咲きますように。




| 戦争と犬 | 09:52 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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『おかえり!ユキ』

本日は、ひとつお知らせがございます。



このたび、私が文を担当させていただきました1冊の絵本が完成し、7月10日に刊行することとなりました。



『おかえり!ユキ』という作品です。



本書は、郷土出版社より刊行されております、語り継ぐ戦争絵本シリーズの15巻目にあたります。

以前、「犬の献納~戦争と動物たち~」と、「語り継いでゆくこと」の記事に綴りました犬の献納をテーマに、現代の保護犬へと思いをつなげた絵本となっております。




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「犬の献納について、絵本の執筆をお願いできないか」



そんなお話をいただいたのは、ずいぶん前のことです。

当時、私などに到底、務まるものではない、とお断り申し上げるつもりでおりました。

けれども、「犬の献納」という言葉がどこか引っかかり、いつまでも胸をざわつかせていました。



お断り申し上げるにしても、調べるだけ調べてみよう。



その日から、少しずつ勉強が始まりました。

それは、想像していた以上に、苦しい作業となりました。

調べれば調べるほど、あまりにむごい事実のかずかずに、圧倒されたのです。

犬たちの恐怖、悲しい叫び、飼い主と引き離される絶望。

それらの強烈なイメージが、心を、頭を、身体じゅうを支配してゆきました。



そうした歴史を追う中で、あるひとつの思いが、胸底からわき上がりました。

戦時中、広場や檻に集められ、殺される運命にあった犬たちと、現代の保健所に収容され、処分される運命にある犬たち。

その姿は、同じなのではないか。

人間に責苦を負わされた犬たちのイメージが、時を駆け抜け、私の中で、悲しい一致を見せたのです。



人間は、何も変わっていない。

平和と言われる時代が訪れ、戦争が過去のものとして流されゆく、そんな今の世の中に、当時と同じ、犬たちの苦しみがある。

犬の献納について多くの方に知っていただくことは、現代の保護犬について知っていただくことにつながるのではないか。

私たちの世代が、語り継いでゆかなければ――。

そんな強い切迫感に突き動かされて、大変僭越ながら筆を執らせていただこうと、気持ちを固めた次第でございます。



戦争絵本シリーズは、若い世代に戦争を身近に感じてもらいたい、という思いからつくられております。

戦争体験者による手記や、史実を伝えるノンフィクションは、あまりに苛酷で、おそろしく、どうしても若い世代には敬遠されがちです。

語り継ごうとする手前で思いが閉ざされてしまうことも、少なくありません。

そういったことから、正確な史実や事実関係を把握した上で、それらを幹とし、作者の創造(想像)の枝葉をつむぎ、戦争を通して人間を描くという本シリーズの企画趣旨に、深く共感いたしました。



今回執筆させていただきました『おかえり!ユキ』も、犬の献納について史実をおさえ、また愛護センターへの取材を経て、フィクションの物語として完成させました。

お子さまに読んでいただけますよう、残酷な描写は避けております。



物語の創作を行ったことのなかった私にとりまして、ここに至るまでは、呻吟を尽くす日々でした。

幾度も壁にぶち当たりながら、ああでもない、こうでもない、と試行錯誤を繰り返し、長い月日を経て、ようやく思いをかたちにすることができました。



『おかえり!ユキ』の絵につきましては、絵本画家・上原ゆう子先生が、魂を削るようにして描いてくださいました。

その繊細な指先で、ユキをいきいきと躍動させ、作品に命を吹き込んでくださっております。



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本書は、出版社のホームページより、事前予約を受け付けております。

トップページの「ご注文」というところからネットを通じて予約できますほか、電話やFAXでも受け付けているそうです。

価格は、1,600円(税込1,728円)。

7月10日の刊行後、出版社から直接、ご指定のご住所へ発送いたします。

マリリンおなじみのRAINDOGS CAFEさんでも取り扱ってくださっておりますので、お近くの方は、お食事がてら、ぜひそちらもどうぞ。


<追記>

発刊後に本屋さんで買えますか、とのお問い合わせをいくつか頂戴しておりますので、出版社からの伝言を申し添えさせていただきます。

「小社は少部数しか発行できない地方出版社ですので、残念ながら、全国の書店さまに流通できるシステムになっておりません。

たいへん恐縮ではございますが、できましたら、事前にご予約いただけると、発刊後、確実にお手元にお届けすることができます。」

とのことでございますので、どうぞよろしくお願いいたします。





動物に興味のある人も、そうでない人にも、子どもも大人も、できるだけ多くの方々に、当時の出来事を知っていただき、そこに確かに息づいていた命の存在を感じていただけたら……と願っております。



70年、かたちを変えながら続く彼らの苦しみに、逃げることなく向き合いたい。

戦時下の犬の献納から、現代の保護犬へ――。

本書を執筆するにあたり、私が追い求めたテーマです。



時代を越えて、なお続く、犬たちの思い。

どうか、ひとりでも多くの方々の胸に、届きますように。





| 戦争と犬 | 15:02 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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語り継いでゆくこと

みなさま、こんにちは♪

前回、父ちゃんの過保護記事に楽しいお言葉やアドバイスをいただき、ありがとうございます!

エアコンの吹き出し口にリボンをつけておくと、ちゃんと動いていることが一目で確認できる、とアドバイスをいただきました。

なるほど~!その手があったか!

カメラを通すと小さな電源ランプは見えづらく、ズームにすると少々ぼやけてしまうのですが、リボン方式なら、簡単に確実に分かりますね

さっそく試してみたいと思います。




それと。

また、ブログで知り合った大事なお友達が、お空に旅立ちました。

同時期にふたつの命が。

ひとりの子は、シェルターから今のご家族に迎えられた女の子。

遠い海の向こうで、彼女は、めいっぱいにその命を輝かせ、大好きなママの腕の中で静かに旅立ったそうです。

もうひとりの子は、マリリンと同じ車いすに乗り、その生活を思いきり楽しんでいた女の子。

こちらも、大好きなご家族に見守られながら、最後まで命の灯を燃やし続けました。

この週末は、埼玉から、ふたりといっぴきで、遠い街へ祈りを捧げ、じっと手を合わせました。

ありがとう。

生まれて来てくれて、その命を懸命に生き抜いてくれて、本当にありがとう。





          





お知らせしておりました通り、17日土曜日に、こちらのイベントに参加させていただきました。

ネットワークカメラを設置され、覗かれているとも知らずにいるマリリンにお留守番をお願いし、夫婦ふたりで新宿の街へ。

最寄駅までバスで行き、そこからは新宿まで乗り換えなしで20分ちょいなので、移動はそれほど大変じゃないと思っておりましたが、やはりお盆休み中ということで、たくさんの人があふれておりました。

マリリンとの生活が始まってから約3年、めっきり満員電車に乗る機会がなくなっていた母ちゃんは、たった20分でヨロヨロ。

新宿駅西口から地下の歩道を歩き、地上へ出ると・・・




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青い空に向かってにょきにょきとそびえ立つ高層ビル群に、思わず懐かしさが広がります。

仕事をしていた頃は、こうした都会の街を、汗だくになって走りまわっておりました。

とろりと込み上げた懐かしさと、少しの寂しさ、そして今の生活の幸せを胸に感じながら、さあ、元気に会場へ!




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行われたのは、こちら、新宿住友ビルの47階。




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マリリンのお留守番の関係で、ギリギリに家を出発したため、ギリギリで到着。

すでに会場内はたくさんの人で埋まっておりました。

定員を超える150名のみなさまと一緒に、しばし頭を集中させ、濃密な90分を堪能いたします。






司会進行は、元NHKエグゼクティブアナウンサーの蔭山武人さん。

お話をしてくださるのは、井上こみちさん、神津良子さんです。

最初に、蔭山さんの読み語りによって、ふたりの作家の作品が紹介されました。

シベリア抑留をテーマにし、「クロ」という犬をめぐる実話を描いた作品です。





前半は、神津さんの『氷海のクロ』の読み語り。
(Amazonは在庫僅少ですが、出版社ホームページからも注文できます)



氷海のクロ―シベリア抑留 (語り継ぐ戦争絵本シリーズ)氷海のクロ―シベリア抑留 (語り継ぐ戦争絵本シリーズ)
(2011/01)
神津 良子

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後半は、井上さんの『氷の海を追ってきたクロ』の読み語りです。

氷の海を追ってきたクロ (戦争ノンフィクション)氷の海を追ってきたクロ (戦争ノンフィクション)
(2010/12/01)
井上 こみち

商品詳細を見る





戦争が終わったにも関わらず、シベリアをはじめとする旧ソ連やモンゴルなどに抑留され、劣悪な環境の中、厳しい労働に従事させられた戦後強制抑留者は、約57万5千人にも及んだと言われております。

最も長い方で、11年という抑留生活を強いられました。

極寒のハバロフスクの、捕虜収容所。

過酷な労働生活に、たくさんの方が命を落としていったそうです。

苦しい日々の中で、人々の救いとなった、一匹の黒犬がいました。

捕虜収容所近くに捨てられ、さまよっていたその犬は、孤独な彼らに寄り添い、ともに生活をしました。

彼らとクロとの絆は、月日の流れとともに、強く強く結ばれていったそうです。



1956年10月。

日ソ共同宣言が調印されたことにより、抑留者の帰国が決定しました。

ようやく、本当にようやく、ふるさとの土を踏めることになったのです。

そして、その別れの日。

クロは―――。



ここからは、ぜひ絵本を読んでいただきたいと思います。

過酷な生活を強いられた男たちとクロの、強くやさしい絆に、どっと胸が熱くなりました。






実際にシベリア抑留者であり、クロと生活をされた88歳の男性が会場にいらしており、私たちにお言葉をくださいました。

クロと自分たちのことを知っていただき、みなさん本当にありがとうございます!

井上さんに支えられながら、大きな声でそうおっしゃり、このような機会を喜んでおられました。

ただの~、人と犬の~、それだけの話かもしれませんがぁ~、我々にとって、クロは・・・

そう言ったきり、顔が赤くなったかと思うと、しわしわの顔に埋もれた目から、ぶわっと涙があふれました。

なんだか、クロが、アンアン!と元気な声をあげておじいさんの足もとを駆けまわっているような、そんな気がいたしました。

こちらもたまらず、視界が滲みます。




人と犬との絆が、この時代にこうして存在したという事実に、胸を打たれました。

とは言え、戦後数十年というのは、やはり、動物の命が何だってんだ、という考え方がほとんどだったようです。

以前、こちらの記事で井上さんの『犬の消えた日』をご紹介させていただきました。

犬の献納について書かれた作品ですが、井上さんのお話によると、出版されるまでにかなりの時間がかかったそうです。

30年前の当時は、まだまだ動物の命よりも人の命のほうがはるかに大事だ、という時代。

犬が殺されたなんてことはどうでもいい、と思われていて、書きあげてから出版されるまで2年かかったとか。

出版後も、本当の意味で認められ、市民権を得たのは、10年ほど後のことだそうです。



井上さんは、おっしゃいます。

再び戦争が起こったら、同じようなことが起こるかもしれない。

今、当たり前にそばにいる動物が、突然連れて行かれ、殺されるという事態が起こり得るのだという思いは、持っていなければならない、と。




そして、話は、今回のイベントのテーマへ。

戦争を知らない世代へ、語り継いでゆくこと。

神津さんは、地方出版社を営んでおり、現在、『語り継ぐ戦争絵本シリーズ』を刊行しております。

これまでに、『埋もれた歴史・検証シリーズ』などのノンフィクションの作品も多く手がけておりますが、あえて創作絵本として戦争を語り継いでゆく、その意味を、私たちに投げかけます。



戦争体験者による手記や、史実を伝えるノンフィクションは、世の中に多くあふれています。

しかし、その内容は、当然のことながら、あまりに過酷で、おそろしく、どうしても若い世代には敬遠されてしまう。

戦争を知らない世代が、戦争を知る、感じる機会を失ってしまったら、いつかまたあの歴史を繰り返すことになるのではないか。

まずは、知ってもらうこと、感じてもらうことから始まる。

重い、難しい、こわい、といった印象を和らげ、身近に戦争を感じること。

戦争絵本シリーズは、まさにそういった思いからスタートしました。

次世代、次々世代へと語り継いでゆくために、これからは若い執筆者へどんどん移行し、つなげていきたい。

正確な史実、事実関係を把握した上で、それらを幹とし、作者の創造(想像)の枝葉をつむぎ、戦争を通して、人間を描く。

ひとつの読み物として、若い世代の胸に響くものを。

そんな思いで、このシリーズを刊行しているそうです。



神津さんのお話の中で、すとんと胸に入ってきたのは、過去と現代をつなぐ必然を描く、という部分です。

子どもたちを始め、20代30代の世代の中には、戦争は何百年もはるか昔の話だ、という印象を持った方が少なくありません。

当然です。

こんなにおそろしいことがあったのだ、と今の生活の中で突きつけられても、まったくピンと来ないのが正直なところだと思います。

私自身が、まさにそうでした。

それを、身近な私たちの問題なのだ、と思ってもらうためには、自分の日常の中に、過去とのつながりを感じること。

たとえば、先日の記事でも書きましたが、犬の献納は、私にとって、現代の保護犬とつながっております。

戦時中に広場に集められて殺された犬たちと、現代の保健所で処分されていく犬たちがぴたりと重なった、その瞬間。

私の中で、初めて戦争が身近なものとなりました。



今も、これからも、十分におそろしい現実は起こり得る。

人間の本質は、変わりません。

世代が代わり、新しい世代が語り継ぐことを忘れ、身近に戦争を感じられなくなったとき、あの現実は、突然に訪れるのだと思います。

私たちが語り継いでゆくことが、未来への責任だと、強く感じました。







心身に様々な思いをめぐらせ、都会の街を後にした、父ちゃん母ちゃん。

再び満員電車に乗り、家に帰り着くと、マリリンの大歓迎が待っておりました!




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「ちょいと~! アタシの出番はこれだけじゃあるまいね!」



ごめん、マリ坊。

これだけだよ



愛おしい子を抱きしめると、どっと安心感が押し寄せ、今の生活のありがたみを感じます。

こうして幸せな毎日を過ごせることに感謝しつつ、有意義で貴重な一日を終えました。



ご一緒にお付き合いくださいまして、本当にありがとうございます。

出番が少ない!と白いのがギャーギャーうるさいので、次回、お留守番後のはっちゃけマリ坊をお送りしたいと思います!(^^)!

| 戦争と犬 | 07:50 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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犬の献納 ~戦争と動物たち~

少し前のこと。

わけあって、戦争における動物たちのことを調べる機会がありました。

「犬の献納」って、ご存じでしょうか。

軍用犬とは違う、一般家庭の飼い犬の話です。

私は、おぼろげな知識しか持っておらず、今回調べてみて、愕然としました。

これほどひどいことが行われていたとは・・・。




献納について、その事実を追いながらとてもわかりやすく書かれている本がありますので、載せておきたいと思います。



犬の消えた日 (文学の扉)犬の消えた日 (文学の扉)
(1986/07)
井上 こみち、頓田 室子 他

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(文庫版はこちら)

犬の消えた日 (幻冬舎文庫 犬 1-2)犬の消えた日 (幻冬舎文庫 犬 1-2)
(2007/02)
井上 こみち

商品詳細を見る





書籍や資料をもとに、あれやこれやと調べていたのですが、その証言たるや、まともに読むことができません。

この作業をする期間、毎晩のようにうなされ、飛び起き、マリリンが無事かどうかを確認してしまう、そんな夜が続きました。

かなり大まかではありますが、少し記しておきたいと思います。




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昭和18年、日本の戦況はますます厳しく、そして激しくなっていきました。

男性は次々に戦地へ向かい、家に残った家族も、大変苦しい生活を強いられました。

わずかな食糧が国から配給され、それを家族みんなで分けて食べる日々です。




そんな状況の中、動物に厳しい目が向けられるようになりました。

各動物園に、動物たちを処分せよ、というむごい命令が下ります。

上野動物園にも、東京都から命令が出されました。




ゾウと猛獣を処分せよ。




この非常時に動物園など何の役にも立たない。

どんなに人に慣れた動物でも、空襲時などに暴れだす可能性がある。

そうなれば、治安は乱れ、都民の生命が危険にさらされる。

そんな理由で、毒団子を食べさせられたり、射殺されたりして、たくさんの動物たちが、その命を落としていきました。

最後に残ったのは、ゾウたちです。

彼らは、毒団子だということを敏感に感じ取り、口にしようとしませんでした。

ついに、食べ物を一切与えないこととなりました。

餓死させるのです。

日に日にやせ細り、衰弱していくゾウたち。

ヨロヨロになりながら、後ろ足で立ち、鼻を高く上げ、何度も何度も、バンザイをしたそうです。

バンザイの芸をすれば、ごはんがもらえると思っていたのです。




こうして、動物園から、動物たちが消えてゆきました。

こんなに惨いことは、あるでしょうか。




しかし、戦況悪化の中、国からの命令は、これだけにとどまりませんでした。




とうとう、一般家庭の飼い犬にまで・・・。




全国の都市部を中心に、「犬の供出命令」が出されました。

「供出」というのは、「献納」と同様の意味。

お国のために犬を差し出せ、という命令です。




命令の理由は、以下のように書いてあったそうです。

・犬の毛皮を、戦地で戦う兵隊の防寒用として使う。また、犬の肉を食糧にする。

・医師不足により、狂犬病予防の注射が十分にできない。

・空襲時など、犬が狂いだし、人々に危害を加えるおそれがある。

そういったものでした。




しかし、のちに、本当に毛皮等に使われた犬はわずかではないか、と言われるようになりました。

だとすると、本当の理由は、違うところにあったのではないかと推察します。

「人間がこれほど苦しい生活をしている中で、犬を飼うなど贅沢だ。犬に食わせるものがあれば、人間にまわせ。」

「犬を差し出すことにより、日本国民が一丸となって戦う意識をさらに高める。一億総動員の精神と同じ。」

こういった理由が大きかったのではないかと感じております。




犬を差し出したくないと思った家は当然たくさんありますが、警察に登録している以上、免れることはできません。

また、登録していない犬や、野良犬も、次々に死んでいきました。

町じゅうに、毒団子がしかけられたからです。

犬を逃がそうと、必死に山に放してくる人もいましたが、犬が帰ってきてしまったり、もしくは道の毒団子を食べ、命を落としました。




命令は、地区ごとに日時が決められ、町の広場などの指定場所に連れて来いというものでした。

その広場は、地獄絵図だったと言います。

連れて行かれた犬たちは、その場で端から、角材等で殴り殺されていったのです。




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献納について知るうちに、私の中で、ぴたりと重なるものがありました。

命令により広場に連れて行かれ、殺される運命にあった犬たちと、現代における保健所や愛護センターで、檻に入れられ、処分される運命にある犬たちの姿です。

人間は、何も変わっていない。

そう思いました。

戦争は終わり、日本は豊かになり、時代はこんなに変わったように見えるのに、人間が動物たちにしていることは、あの頃と何一つ変わっていません。




戦争によって犠牲となった動物たち。

どれほどのことがなされたのか、その事実を決して忘れず、語り継いでいかなければなりません。

と同時に、現代における保護犬の存在を、ひとりでも多くの方に知っていただきたいと思います。

悲しい目をした動物たち、辛い目に遭う動物たちがいなくなるよう、心から願ってやみません。




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17日の土曜日、こちらのイベントに参加させていただくことにいたしました。

父ちゃんと一緒に、勉強してまいります。




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「あたしゃ、久々にお留守番だよ。」




今後、世の中は戦争を知らない世代のみとなっていきます。

戦争体験者だけが戦争を語れるわけではありません。

私たちの世代が語ってゆくことこそ、重要な意味を持つのだと思います。



戦争は、過去の問題ではありません。

これからの、私たちの問題です。





          





マリリンは、元気にしておりますよ~!


先日、布団を干したあとに、布団カバーをセットするという役割を担った父ちゃんが、寝室でエンヤコラと任務を遂行していたのですが・・・。

途中で、物音ひとつしなくなったので、おそらくカバーをセットしたら思わずそこでお昼寝に突入しちゃったパターンだろうと、寝室に様子を見に行きました。

ガチャリとドアを開けると、




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こんな。


父ちゃんの布団の真ん中にマリリンが堂々と寝そべり、父ちゃんは布団と布団のすきまに身体をうずめて寝ておりました~ヽ(´ー`)ノ

どんだけの力関係。。。




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「なんか文句ある?」


いえ、別に。。。




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「フンッ! 眠いんだから引っ込んでちょーだい!」


すいやせん。。。

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