今日も明日も、マリリン日和

センター負傷棟から救出された雑種犬、マリリン。車いすを軽快に乗りこなすマリリンと、夫と、私。家族の日々の記録です。

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父ちゃん登場!27 ~カフェご飯の話~

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どもども、父ちゃんですっ!

8月17日付 熊本日日新聞さまの読書欄で、『おかえり!ユキ』を取り上げてくださいました。

犬の献納から現代の保護犬へ、本書のストーリーを追いながら、「戦争の本質は命の軽視である」 「犬だけでも年間10万頭近くが“処分”されるこの国は戦争の芽を内包していないか」と、力強く書いてくださってます。

遠く離れた地で紹介してもらえるとは、本当にありがたいことです。

全国へ動きが広がっていくことを願ってます。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





さて、今日はカフェご飯の話。

よく行くお店の好きなメニューを公開する、というだけですが。



どこも本当に美味しいんですよ。

犬連れ禁止の一般的なレストランより、よっぽど美味しい。

今まで食べた外食は何だったんだ!ってくらいです。

ドッグカフェっていうと、犬を連れて入れるってことだけがウリで、そのぶん料理はちょっと。。。みたいなイメージが多いと思いますが、最近はそんなことはないようです。

あんまり食に興味がなかったんですが、すっかりカフェ好きになりました。



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まずは、ほんとお世話になっている「RAIN DOGS CAFÉ」さん。

言わずと知れたドッグカフェですね。



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ここで一番注文するメニューが、「ベーコンレタストマトのサンドイッチ」。

時々思い出して、無性に食べたくなるんですよねぇ。

厚切りのベーコンとトマトにシャキシャキのレタス、そしてトーストされたパンも美味しいし、合わさったときのバランスがまたすごく良いです。

サイドメニューのポテトグラタンもサラダもおいしいです。

ちなみに、タイカレーも本格的で美味しいです。

確か、本場のタイ人に教わったとか。

やみつきになる辛さです。

ちなみに、昔あったチキンカレーも秀逸でした。

復活しないかな~。



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あと、母ちゃんは、断然ピザ。

シンプルなトマトソースのが好きで、いつも、たまにはほかのメニューを注文しようと思って行くけど、RAINさんに入ると、その瞬間にあのピザの口になってるらしいです。





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つづいて、「woo pee café」さん。

こちらもドッグカフェですね。



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ここの私の一押しは「パンプレート」。

その名の通り、パンが2種類とパスタ、サラダ、デザート、フルーツと盛りだくさん!のプレートです。

特に手作りのパンがとても美味しく、私はどこのパン屋よりも美味しいと思ってます(笑)

毎回違ったパンになることが多いのですが、そのどれもが美味しく、そこがまた楽しみです。



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母ちゃんがいつも注文するのは、「クリームパンプキンのスープセット」。

かぼちゃ好きな母ちゃんにとって、ここのパンプキンスープの美味しさはたまらないようです。

いつも幸せそうに食べてます。





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次は、フレンチカフェ&デリカ 「プラデジュール・サカシタ」さん。

りんかちゃんのお店ですね。

※こちらはドッグカフェではありません。事前に電話でご相談をし、対応が可能であれば犬連れで行くことができます。



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私がよく注文するのが、「ビーフシチューのセット」。

ランチの場合、メインを10種類ほどの中から選べるのですが、これがどれも本当に美味しい!

優しい味わいですが、どれも手が込んでいて、「上品で質が高い」と思います。

ポテトサラダを始め、サイドメニューも数種類ついてきますが、ぜんぶ美味しいです!

すごくピュアな感じで、自然の美味しさを味わえます。

使っている素材が良いものなのか、素材の味がしっかり生きています。

さらに、天然酵母パンか玄米がつきますが、どちらもよく合います。



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さらにさらに、ドリンクとデザートも付けられますが、これがまたどれも美味しい!

丁寧に淹れられたハーブティーなどや、繊細に作りこまれたデザート。

その一つ一つが、特化した専門店のようです。



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ちなみに母ちゃんは、「特製オムレツ」や「野菜カレー」のセットが大好きです。

肉を食べられない母ちゃんにとって、このお店の料理は、安心して食べられるメニューが多く、本当にありがたいようです。





まだまだ載せたいお店の料理がありますが、今日はこのへんで。

どのお店も本当に美味しくて、こんな美味しい料理に出会えるなんて、嬉しいものです。

マリリンがいなかったら出会わなかったお店たちだと思うと、マリリンにも感謝ですね。

マリリンのおかげで、休日を楽しませてもらってます。



仕事中とかにたまに思い出して、早くあれ食べたいな~とか思いますね。

う~ん、食べたくなってきました(笑)


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| 父ちゃんより | 07:02 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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肉球に振りまわされて





週末のこと。

めずらしく気温が低く涼しかったので、久しぶりに明るい時間の散歩を楽しんでからお出かけしましょ、ということになり、お昼頃、みなで家を出た。

彼女の様子がおかしいと気づいたのは、玄関を出てすぐのところ、最初の匂い嗅ぎスポットである電柱に立ち寄ったときだ。

いやに長い。

初めは、気になる匂いがあるんだねぇ、などと笑っていたものの、いっこうに終わる気配のない嗅ぎっぷりに、首を傾げる。

じっと観察してみれば、時折ちらりとこちらを窺ったりして、ぜんぜん集中していないじゃないか。

ちょっと何なのさ、ほら行くよ、とリードを引くと、

「ひゃわわん!!」

甲高い鳴き声をあげた。

え!? え!? 何? どうしたの!?

2人そろってオロオロと狼狽し、みっともない格好で彼女を取り囲む。

呼吸を整え、何が起こったのかを考えた。

今の鳴き声からすると、どこかが痛いのだろうと判断し、その場所を探るため、そろりそろりと、歩かせてみる。

すると……。

Σ(゜Д゜)

右の前足をかばって歩いてる!?

ひどく痛そうに顔を歪め、ガクンガクンと妙なリズムをとりながら、少し歩いては、

「もうだめ、アタシぜんぜんだめ、地球がひっくり返っても歩けない」

みたいな顔で立ち尽くし、私たちを見上げている。



これはヤバイ。

おそれていたことがついにやって来た。

この子の生命線である前足が、永年の負担により、とうとう不具合を起こしたのではないか。

あわわ、あわわ。

スマホを取り出し、震える指で、かかりつけの病院に電話を掛けた。

受話器の向こうから、

「今からでもこちらは構いませんが、あと3分で受付終了時刻になりますので、おそらく時間外料金になってしまうかと思いますが」

優しいお姉さんの声が聴こえた。

私たちは、寸分の迷いなく、それでいいです、お願いします!と、何か事故にでも遭ったかのような切迫感で言っていた。

後々よく考えてみれば、4時間待てば午後の診察が始まるわけで、足以外は元気であるマリを、先生のお昼休みを遅らせてまで緊急に診察していただく理由など、どこにもないのだった。

要するに、ひと言で言って、パニクっていた、というわけだ。

マリリンを迎えて、早4年。

心配“症”だった過去を笑う余裕さえ出てきた私たちであったけれど、この日、実際にはまったく成長していなかったことが露呈してしまった。



病院に着き、時計を見ると、受付終了時刻を2分過ぎていた。

すみません、すみません、と謝り倒し、それでもこのときはまだパニクり最中だったため、午後出直しますという選択肢はまるでなく、謝りながらも、きっちり待合室に座った。

完全にモンスター飼い主である。

担当してくださっている女性の先生が、前の子の診察を終え、いつもの穏やかな笑みを浮かべながら、待合室にやって来た。

そして私たちを見、

「あぁ、受付終了後に来たっていうのは、マリリン一家かぁ~」

いかにもそう思っているような顔で、ふき出した。

先生すみません、すみません、と謝りつつ、やっぱり図々しく診察室へ入れてもらう。



頭の中を、さまざまな病気、怪我の類いがめぐっていた。

前足がだめになったら、寝たきりになってしまうのか。

そうしたら、銀父さんに四輪の車いすをつくってもらおう、うん、そうだ、大丈夫、マリリンは楽しく生きていかれるさ!

そこまで考えたところで、診察が終わった。

ものの3分だった。



あれ? あのぉ、先生、レントゲンとか、なんかわかんないけどエコー的なアレとか、いろいろやんなくていいんすかね?



「うん、大丈夫ですよ~、触った感じでは、骨も関節も異常ないです。

唯一心配されるのは、脊髄の影響が前足に出て来るということ。

ただ、その場合、痛みはほとんどなく、それよりも、歩くとき足がぐにゃりと妙な方向に曲がったりし始めるんですよ。

しかも、少しずつ症状が表れてくるので、今日いきなりということはないと思います。

この子の場合、そうした症状は今後も注意しておかなければなりませんが、現段階では、大丈夫だと思います」



えぇ~っとぉ、するってぇ~と、ひゃわわん!って鳴いて、すっごく痛そうに苦しそうにしていたのは……?



「肉球です、肉球の炎症。

ほら、この右足の肉球の間の皮膚のとこ、ポチって赤みがあるでしょう?

これが、地面を踏んだときに痛むんですよ。

この程度の炎症は日常的になってる子もけっこういるんで、痛みを感じる個体差があるんだと思いますが、まぁ、ほらマリリンちゃんの場合……ね、とても繊細だから」



父ちゃん母ちゃんは、そろって赤面した。

ほらマリリンちゃんの場合って言われたーー!

ね、のとこでクスッて笑われたーー!



果たして、病院や先生にご迷惑をかけ、時間外料金を支払い、寝たきりの生活まで考えて臨んだ診察の結果は、肉球の炎症。

抗生物質で細菌を退治しつつ、一週間くらいは散歩など無理しないように。

それで治療終了、とのこと。

……はい、わたくしたち夫婦は、4年前からまったく成長していなかったことをここに記します。



いや、でもでも、ちょいと言わせてもらえれば、ほんっとうに大げさなのだ、マリリンの痛みに関する訴えは。

狂犬病の注射ひとつとったって、まるでトンデモナイ暴力を振るわれたかのように、痛みに鳴く、いや、泣く。

この子のそうした性質を知ってからは、まったく感覚のないお尻の辺りに打ってもらうようになった。

下半身不随であることの最大の特権を味わう瞬間だ。



マリリンや、あのぉ、もう少し、その症状に合わせたレベルの騒ぎ方をしてくれないかねぇ。



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「無理です。あたしゃ、背骨が折れたとき、この世の激痛ぜんぶ引っかぶったからね。そのトラウマが身体に沁み込んでんだよ。ちょっとでも痛いと、あの地獄を思い出すんだよ。だからビンカンなの」


いや~、マリ坊、それ言われちゃうと、わたくしたちは、なんも言えねぇ状態になるんだけどね。

でもさぁ、おやつの袋出したときにさ、ティッシュを取ろうと振り返った拍子に袋の角がちょんと当たっただけで、ひゃあああおぉ!!ってのは、どうなんすかね。

あれはほんとに痛かったんかい?



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「さあ、どうだかねぇ。ただひとつ言えるのは、そのあと母ちゃんが思いっきり謝って、そんでおやつをいつもの倍くれたってことだよ」



とにもかくにも、前足が無事で良かったです。




| マリリンの暮らし | 08:50 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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戦争の欠片 ~忌野清志郎さんに寄せて~

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2014年8月8日付、信濃毎日新聞さまの一面コラム「斜面」で、『おかえり!ユキ』を取り上げてくださいました。

長野県内における犬の献納に言及された上で、絵本については、次のように書いてくださっております。

「郷土出版社が出した絵本『おかえり!ユキ』は献納した雑種犬ユキと飼い主の物語だ。語り継ぐ戦争絵本シリーズの第15巻だが、捨て犬が保護・殺処分される身の回りの現実にも目を向け、時代を超えた問いを投げ掛けた。」

拙い作品をこのようなコラムで取り上げていただけるとは、思いも寄らないことでしたので、尽きることのない感謝の思いでいっぱいです。

コラムを通じて、ひとりでも多くの方に、犬の献納や現代の保護犬のことを知っていただけたらと、願ってやみません。





          





今年5月。

忌野清志郎さんの命日に合わせ、NHKでひとつの番組が放送された。

『ラストデイズ 忌野清志郎×太田光』

胸をドキドキさせながら、テレビの前で正座し、観た。



「Woo 授業をサボって陽のあたる場所にいたんだよ

寝ころんでたのさ 屋上で

たばこのけむり とても青くて」

『トランジスタラジオ』に代表されるように、ドロップアウトした人間を、彼にしかない感性で気持ちよく歌っちゃう、清志郎さん。

そんな彼が、30代半ばから、社会を歌うことに強く拘った。



チェルノブイリ原発事故から2年後。

「何 言ってんだー ふざけんじゃねー 核などいらねえ」

と歌詞をつけた、『ラヴ・ミー・テンダー』。

「日本の原発は安全です さっぱりわかんねえ 根拠がねえ

原子力発電所はまだ増える 知らねえうちに漏れていた」

と歌った、『サマー・タイム・ブルース』。

それらの洋楽カバーを収録したアルバム『COVERS』は、波紋を呼び、発売中止となった。



当時、『トランジスタラジオ』のような世界観に惚れ込んでいた人たちは、清志郎さんが変わってゆくことに対し、違和感を覚えたという。

そのひとりが、爆笑問題の太田光さんだ。

ずっと分からなかったんだよね、と彼は言った。

もともと比喩的な詩人で、言葉に自由な幅を持つ清志郎さんが、あの感性を持ちながら、なぜ、ストレートな表現をするようになったのか。

太田さんも、50歳を迎える年齢となった今、自分がどう社会と向き合うべきかを強く考えるようになり、そこに、清志郎さんへの興味が重なっているのだと言う。

番組では、太田さんを案内人とし、清志郎さんという人に迫った。



清志郎さんと太田さんの出会いは、1999年。

当時、爆笑問題は、時事問題をネタにした若手漫才師として、人気を集めていた。

ふたりを結びつけたきっかけは、雑誌のコラムで、太田さんが政治を皮肉ったことだ。

太田さんは、

「今、この日本で政治がどれほどの影響力を持っているというのだろうか。

自分が投票しても、あるいはしなくても、普段の生活に変わりがないとハッキリ言いきれるならば……

選挙に行かない我々の態度は、正解なのではないだろうか」

と書いたそうだ。

そのコラムを読んだ清志郎さんから、「会って、一言文句が言いたい」と対談を申し込まれた。

清志郎さんは、

「それまで爆笑問題を好きだったんだけど、あれを読んでガクッときてね。

政治に無関心でいいなんて言ってると、君の息子なんかが、戦争に行っちゃうわけよ」

と言ったという。



清志郎さんは、実の両親の顔を知らない。

3歳で母親と死別し、その後は、伯母夫婦に引き取られた。

伯母夫婦の実の子じゃないことは、うすうす感じていたという。

打ち明けられたときも、「あーやっぱりね」と。

「オレだけ親戚とかにも馴染めなくて。とにかくオレは、大人と口がきけなかった」

彼は、幼少期を、そう振り返っている。



清志郎さんは、昔から、繊細で、敏感で、特別な感性を持っていたそうだ。

学生時代の友人たちは、みな口をそろえて、こう語る。

学校に馴染めず、授業をサボってばかりいた彼だったが、かといって、反抗的な態度をとるわけでもなかった。

目立たなくて、物静かで。

あいつは、誰ともつるまなかった、と。



デビュー後、楽曲が次々とヒットし、清志郎さんは、休むことなく走り続けていた。

そして、1986年秋、35歳の彼は、ロックの本場イギリスで、分岐点を迎える。

日本と異なり、どれほど深刻な話題でもロックンロールにぶつける彼らの音楽に、強く揺さぶられた。

「自分の考えてる事とか、自分の気持ちは、ガンて外に言ってないとダメだなと思ったの」

後に、当時の心境を振り返り、分岐点だったと自ら語っている。



それが、アルバム『COVERS』の制作へとつながるのだが、仲間たちを含めた多くの人が、清志郎さんの歌詞に違和感を覚え、また、多方面から凄まじい圧力がかかった。

しかし彼は、『COVERS』に拘り続ける。

そこには、実母への思いが重なっていたのだという。

アルバム制作のちょうどその頃、清志郎さんは、母の遺品である、1冊の古びたアルバムを受け取っていた。



母は、結婚間もない夫を、戦争で亡くしている。

アルバムには、夫を思い、待ち続けた母の短歌が記されていた。

「帰らざる 人とは知れど わがこころ なほ待ちわびぬ 夢のまにまに」



それを目にした清志郎さんは、母へ思いを馳せ、『彼女に関すること』として、こう綴っている。

「彼女は激しい恋をして、そして、彼氏と結ばれた

ペラペラの薄っぺらな紙に、夫の死亡が書かれていた

彼女は、もう諦めていたのかもしれないけど

あっちこっちに行ったり、帰ってきた夫の仲間に消息を聞いて回ったり…

夫の無事を祈ってたんだ

彼氏のことを想って、歌を詠んだりもした」



イギリスでの分岐点、チェルノブイリ原発事故、そして、戦争の犠牲となった人々への強い思いが、彼を、彼の音楽を、ストレートなものへと変えていった。



太田さんも今、表現者として、どう社会と関わるべきかを葛藤しているという。

「一番創造性が高いのは、物語を作って、その中にメッセージを押し込めること。

クリエーターとしては、それがまっとうだと思う。

けど時々、そんなことやってらんないよってなっちゃうこともあるんだよね。

それはもう、野暮だと分かっていても、言わずにはいられない時もあって……。

オレが、『COVERS』を野暮だなんて、言えた義理じゃないんだよね」



私自身は、清志郎さんの表現方法の模索は、30代以降もずっと続いていたと思っている。

彼は死ぬまで、人一倍、いや人百倍の鋭敏な感性を、時に胸の奥で温め、時に露わに外部へさらし、傷つきながら、世界から悲しみがなくなることを願い続けた。

その音楽は、彼の願いとともに、次世代、次々世代に、広く受け継がれている。



番組の最後で、背中を丸め、ぼそぼそと語る太田さんの言葉が、胸をひりつかせた。

「もの作る人が鈍感になっちゃうと、やっぱいいもの作れないんだろうなって。

それは、清志郎さんもそうだったと思うよね。

ほんとに敏感で、繊細で、傷ついてさ、そんで、やさしいでしょ。

オレ、もうちょっと年とったら鈍感になりたいなって思ってたんだけど、それは、表現者としては落ちていくってことだよね。

表現を研ぎ澄ませていくんだったら、敏感なままで、子どものままで、傷つきやすいまんまで、いるべきだしね。

でもそりゃあ、苦しいだろうなって思うね」





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胸の中に、さまざまな思いがめぐる。

30代半ばの分岐点……。

私も現在ちょうどその年代であり、ここ数年は特に、社会の中で自分に何ができるかを考えるようになった。

自分が今、思うことは、育ててくれた社会に、何かを返したいということだ。

そして、次世代、次々世代へ向け、自分が生きている間にできることを模索し、身を尽くしてゆきたい。



今年も、8月15日がやってくる。

戦争のことを、あの過ちのことを、思う。

日頃、私なりに感じていることを、野暮だと知りつつ、少しだけ綴ってみる。



戦争や平和というと、特に若い世代の間では、何か漠然とした、観念的な把握に終わりがちだけれど、私は、もっと身近なものだと思っている。

今、生活しているこの場所で、あの町で、人と人との間に、人の心の中に、そこらじゅうに、戦争は潜んでいるのだと。

それはいつだって、思いもよらぬ瞬間に、ふと、顔を覗かせる。



保身のため、誰かを傷つけ、誰かを陥れ、誰かの心を踏みにじったとき。

自らが選びとった人生に不満を覚え、弱い者を探し出し、苛立ちをぶつけるとき。

自己練磨を重ねるでもなく、人を羨み、愚かな嫉妬に走るとき。

すべてを政治や社会のせいにするとき。



自分さえ良ければ、それでいい。

やられたら、やり返す。

正義の名のもと、集団いじめ。

名無しの卑怯な、傍観者。



自分の目で見、耳で聴き、頭で考えず。

認め合う心を忘れて。

人の痛みを痛みと感じなくなったとき。

戦争は、もう、そこにある。

あらゆる人の、胸の中に。



人間は、弱くて、脆い。

その愚かさを、私たちは目を背けず受け止める必要があるのだと思う。

そして、日々生まれてしまった戦争の欠片を、心の中からなくそうとする。

その心持ちが、大切なのではないか。

悲しい過ちを繰り返さぬために。

自分にできる、小さくて、けれど、大きな意味のある一歩なのだと、私は思っている。





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『風に吹かれて』 ボブ・ディラン

(RCサクセション・忌野清志郎バージョン アルバム『COVERS』より)



どれだけ遠くまで歩けば 大人になれるの?

どれだけ金を払えば 満足できるの?

どれだけミサイルが飛んだら 戦争が終わるの?



その答えは風の中さ 風が知ってるだけさ



いつまで追っかけられたら 静かに眠れるの?

どれだけテレビが歌えば 自由になれるの?

どれだけニュースを見てたら 平和な日が来るの?



その答えは風の中さ 風が知ってるだけさ



どれだけ強くなれたら 安心できるの?

どれだけ嘘をついたら 信用できるの?

いつまで傷つけあったら 仲良くできるの?



その答えは風の中さ 風が知ってるだけさ



したがって

どれだけ風が吹いたら 解決できるの?

どれだけ人が死んだら 悲しくなくなるの?

どれだけ子供が飢えたら 何かが出来るの?



その答えは風の中さ 風が知ってるだけさ











| 戦争と犬 | 11:08 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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父ちゃん登場!26 ~戦争の話~

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ども、父ちゃんです!


『おかえり!ユキ』


 最近になって、下記のサイトなどでも取り扱いが始まったようです。

amazon

楽天市場

紀伊国屋書店

hontoネットストア

MARUZEN&JUNKUDOネットストア

セブンネット

ロッピー(LAWSONネットショッピング)

TSUTAYA


サイトによっては取り寄せになることもあり、お時間をいただくかもしれません。



 郷土出版社ホームページでも、引き続きご注文いただけます。


 本書の売上は一部、動物愛護団体に寄付させていただいております。








さて、もうすぐ8月15日…。

そう、終戦記念日ですね。


また、その前の8月6日午前8時15分。

これは、世界で初めて、原子爆弾が投下された日です。

一瞬で数万人の人が亡くなりました(消えました)。

その後も後遺症などで、現在までに14万人以上が亡くなっているそうです。



さらに、8月9日午前11時2分。

長崎に原爆が落とされました。

このときも、一瞬で7万人以上が消えました。



この戦争によって、何十万人の人が亡くなったのでしょうか。

何十万人の人が、不条理な死を受け入れなければならなかったのでしょうか。



戦争は本当に恐ろしいと思います。

戦地に行く人だけでなく、残された人々も、空襲や飢えに怯え、精神的にも肉体的にもおかしくなります。

もちろん、人間だけでなく、動物も被害を受けます。

たまたま私は、沖縄の平和記念資料館や広島・長崎の原爆資料館に行ったことがあります。

そこで見たもの、聞いたものは、とてもおぞましいものでした。

想像をはるかに超える悲惨さでした。

機会があれば、ぜひ一度訪れてみて欲しいと思います。



このようなことを2度と繰り返さないためには、私は「恐ろしさを忘れないこと」だと思います。

そのためにも、語り継いでいくこと、受け継いでいくことは、とても大事なんだと思います。



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| 父ちゃんより | 07:15 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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