今日も明日も、マリリン日和

センター負傷棟から救出された雑種犬、マリリン。車いすを軽快に乗りこなすマリリンと、夫と、私。家族の日々の記録です。

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マリリンが教えてくれること

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マリリンを見ていると、下半身不随であることが当たり前になってきて、ずーっと前からこの身体だったんじゃないかと思わせるほど、障害というものを感じさせません。

現実には背骨は折れているし、下半身は麻痺しておりますが、それを彼女がまるで気にしないというか、すべてそのまま受け入れているように見えるんですよね。

「え?あたしの身体がどうかしました?」といった自然さで振る舞うので、私たちも「あ、いえ別に。」と応じるのであります。


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そんな彼女の姿は、一言で言うと、まさに「天真爛漫」です。

動かせる上半身をフルに使って、楽しそうに駆け回ります。


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感情の発露となるしっぽに感覚がないので、思いを表現できず犬としての感情が満たされないのではないかと心配するも、なんのなんの、全身で喜びを表現します。


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いつも明るく、前向きで、決して卑屈になることはありません。

犬というのは、どこまでも健気で、そして底抜けにたくましい、と彼女はその存在そのもので私たちに伝えます。


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Mr.Childrenの楽曲『擬態』の中に、こんなフレーズがあります。

「障害を持つ者はそうでない者より 不自由だって誰が決めんの!?

目じゃないとこ 耳じゃないどこかを使って見聞きをしなければ 見落としてしまう 何かに擬態したものばかり」


マリリンと生活していると、この歌詞がじんわりと身に沁みてきます。

不自由だとか、不自由でないとか、少なくとも他人が決めることじゃない。

ただただ生きることを楽しむマリリンを見ていて、そんな風に思います。


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先日、散歩中に、小学生くらいの子たちが、それぞれの母親と一緒にグループで歩いていて、マリリンのことを「うわぁ、きもちわる~。見てあの足。不幸な犬~。」と言ったので、しばし逡巡し、努めてやさしいトーンで話しかけました。

「こんにちは。あのね、幸せか幸せでないかは、本人にしかわからないことだと思うよ。あとね、きもちわるいって言われたらとっても悲しいから、もう言わないでね。」

自分たちだけで騒いでいたつもりが、いきなり相手が話しかけてきたことに子どもたちは面食らったようで、また母親たちはギョッとし、慌てて子どもたちの手を引っ張ってその場を去って行きました。

極めて穏やかに話しかけたのですが、変なおばさんだと思われちゃったかな

でも、言ったことは後悔していません。

たとえマリリン自身がいつも前向きで、身体のことをな~んにも気にしていなかったとしても、この無垢な命を傷つけようと向けられる刃からは、やはり私は精一杯この子を守ってやりたいのです。

子どもと母親たちが足早に行ってしまった後、マリリンに「さて、行こっか!」と声をかけると、澄んだ瞳が元気よく返事をしてくれました。


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たくさんのことを教えてくれるマリリン。

父ちゃんと母ちゃんは、まぶしすぎるその命に、日々感謝しています。


マリリン、ありがとう。


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「どーいたしまして。」


読んでくださってありがとうございます。
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