今日も明日も、マリリン日和

センター負傷棟から救出された雑種犬、マリリン。車いすを軽快に乗りこなすマリリンと、夫と、私。家族の日々の記録です。

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女子トイレのカオス

今日は、女子トイレのお話です。



近年、公共施設における女子トイレがにわかに注目を浴びている。

より快適に、よりおしゃれにと、さまざまな工夫がなされているようだ。

都市部のデパートや大きな駅ビルなどに並ぶそれらは、瀟洒な洋館を思わせる佇まいで、私などかえって萎縮してしまうほどの素敵空間となっている。

トイレが良いと、女性客が入る。

経済番組などに目をやれば、そのような言葉を耳にすることも多い。

トイレの充実化を図るということが、営業戦略の一環となっているのだろう。

がしかし、こうした流れは、都市部の、しかも一部に集中しており、小さな駅や古くからある施設のトイレの多くは、いまだ昔ながらのどんよりした暗さを残している。

なんかいろいろすみませんねぇ、とばかりに隅に追いやられ、外も中も清潔とは言いがたい。

清掃の方が不足しているということだろうか。

それもひとつの要因なのかもしれないが、しかし、いちばんの要因は、人の目から離れた、とりわけ異性の目から離れた閉鎖的空間の中で、人間の本質が露呈してしまうからだと私は思っている。



たとえば、個室。

足を踏み入れると同時に、思わず立ちすくむ瞬間がある。

汚れの類いだけでなく、ペーパーの散乱、ゴミの放置など、好き放題に荒されたその状況は、たちまち胸を暗くさせる。

みなさん自分の家や人様の家ならば、決してあのような使い方はしないだろう。

たまに順番待ちをしていて、扉の向こうから美しいお姉さんが颯爽と現れたりすると、「この人の後なら、まず嫌な思いはしないだろう」と半ばウキウキ(?)しながら入るも、無残にペーパーのむしり取られた跡など、あれやこれやの見たくなかった光景を前にし、何か裏切られたような心地で、寂しく嘆息をもらすのだった。



また、個室の外、洗面台においても、それは如実に現れる。

手を洗おうとする人を無視し、私は譲りませんよ、という気迫を無言のうちに背中にみなぎらせ、顔だの髪だのを執念くいじっている様は、何とも虚しい光景だ。

パウダールーム(男性トイレにもあるのだろうか? メイク直しなどに使われる、鏡のついた空間のことです)のようなものが併設されているところでは、その台の上にファンデーションやチークの粉をまき散らし、髪の毛をバラバラ落としながら、平気で立ち去る女性も少なくない。

ふりかけた香水の、その強烈な化学物質的ニオイを残して。

個室の場合と同様に、ここでもゴミの放置が見受けられることは、言うまでもない。

先日は、ばちんばちんと豪快に爪切りをしている人までいた。

もちろん彼女は切り落とした爪をそのままに、涼しい顔で立ち去って行った……。



まさに、カオスとしか表現のしようがない。

女子トイレの至るところに、人間の本質が散らばっている。

整えられた身だしなみに最上級の笑顔を携え、さわやかに表舞台へと戻った女性を見て、誰が思うだろうか。

たった今、彼女がトイレをカオスにしてきたなどと。



何年か前、仕事で外回り中、小さな駅のトイレに立ち寄った。

当時の私と同年代くらいの女性が、洗面台を陣取り、それはあんまりじゃないですか、と思うような汚し方をしていて、たまらずゴミ箱を指し示し、注意をしたところ、「はぁ!? 掃除のおばさんがやるんだからいいんだけど!? うっせぇな!」とすごまれたことがあった。

私はそのとき、頭の中をどす黒く陰湿な悪魔に支配され、「この女性に今後訪れる予定であった幸せが、汗水流し、他人の汚れを掃除してくださっている方に、すべて移転しますように」と、心の底から祈った。

誰かが汚したら、誰かが嫌な思いをする。

そして必ず、誰かがそれを、片付けねばならない。

悪魔の祈りを唱えたとき、心はひどく殺伐としていた。

女性のまき散らした汚れと、徒労に満ちた空虚なやりとりに、私の中で、あっという間に殺伐が生まれていたのだ。

誰かの生んだ殺伐は、その隣の人へ、また隣の人へと伝染し、社会に蔓延してゆくだろう。

そしてまた、何の罪もないどこかの誰かが、負の連鎖の犠牲となる。



今年の春のこと。

とある施設のトイレで、手を洗おうと洗面台へ向かうと、30代くらいの女性と、その母親らしき60代くらいの女性が、おしゃべりしながら、その場をふさいでいた。

洗面台は2つきりしかなく、譲ってもらわねば、手の洗いようがない。

が、それが何か? と言わんばかりの様子で、娘はバサバサ髪をとかし、母親はパタパタ粉をはたいている。

私の前には、袖をまくって手を洗う準備を整えた女性がひとり、すでに待っていた。

20歳くらいだろうか、細い肩の、楚々とした女性であった。

後ろに2人も並ばれたことが気に入らないのか、いかにも不服そうに眉根を寄せて、娘が鏡越しに私たちを睨んだ。

その目に、いつかの女性の、あの尖った目つきが重なった。

胸の奥がざわついた。

親子はいっこうに譲る気色を見せない。

前の女性は黙って佇んでいる。

さすがに痺れを切らした私が、手だけ洗わせてもらえないだろうかと声をかけようとしたとき、気の済んだらしい親子がポーチをバッグにしまいはじめた。

ようやく立ち去るようだ。

が、ホッとしたのも束の間、親子の身体が離れると、露わになった洗面台の有り様に、私は絶句した。

「掃除のおばさんがやるんだからいいんだけど!?」

かつて投げられた言葉が、にわかによみがえる。

生まれた殺伐は、心をざくざくと刻みはじめていた。

そのとき。

前に立つ女性の華奢な身体が、さっと動いた。

バッグからポケットティッシュを取り出し、汚れを拭くと、散らばる髪の毛を拾い、ゴミを集めはじめたのだ。

しばし呆気にとられていた私も、我に返って、弾かれたように彼女の後に続いた。



きれいになった洗面台に立ち、無言のまま、並んで手を洗う。

私たちの間に流れていたのは、言葉にしがたいよろこびだった。

「黙って人の汚れをきれいにするなんて、めったにできることじゃないですよ。

私、胸がいっぱいになっちゃって。

本当に尊敬します、ありがとう」

思わずそう言っていた。

女性は、「いえっそんなこと……」と小さく頭を振ると、耳を赤らめ、俯いた。



私はその日からしばらく、とても清々しい気持ちで、穏やかに過ごした。

周囲の人たちにやさしく接することができ、さらにその笑顔に触れるたび、良い連鎖の生まれていることをはっきりと感じた。

そういうことなのだ。

きっと、そういうことなのだろう。

人を動かすというのは。

かつてゴミ箱を指し示し、傲然と注意を向けた自分の姿が、恥ずかしさとともに苦く込み上げる。

あの日、あの人は、おそらく自らの行為を省みないばかりか、私への反感から、いっそう頑なになって、不必要な苛立ちを増殖させたに違いない。

この混沌とした社会を変えゆく小さな光を、私は年若い彼女の、その清冽な姿に見た。







          







さて、こちらは、休日の家族全員さんぽにハリキリ中! のマリリン。



って、あれ??



CIMG3132_R4.jpg

お鼻のとこ、どしたの?




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「何かしら? みんなしてアタシの顔、覗き込んじゃって」



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「かわいいって罪ね~♪」


いや、違う違う。

ほらアンタ、汚れてまっせ。



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どうやら、土が付いたらしい。

マリリンは、車いすだからってこともあるけれど、めったに顔を地面にこすりつけることはないので、これには父ちゃん母ちゃん大喜び!

新鮮な出来事に、大いに笑った。



CIMG3144_R4.jpg
「顔が汚れたってだいじょーぶ! 外見ばっかきれいにしたってだめなんです」





<お知らせ>

諸事情により現在少し余裕がなく、お問い合わせ、ご相談等にも対応できませんので、メールフォームのメッセージ管理は、今後父ちゃんがいたします。
(基本的には返信できませんので、その旨ご了承いただけると幸いです)
フォーム自体を閉じようかとも思いましたが、事務連絡すらまったく取れなくなるのは不便なように感じ、残しておくことにしました。
みなさまには、まことに申し訳なく存じます。
マリ坊は元気ですので、ご心配には及びません。
ブログの更新はこれまで通り週一くらいを目標にしておりますが、期間のあいてしまうこともあるかもしれません。
どうぞよろしくお願い申し上げます。




| つれづれ | 08:37 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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