今日も明日も、マリリン日和

センター負傷棟から救出された雑種犬、マリリン。車いすを軽快に乗りこなすマリリンと、夫と、私。家族の日々の記録です。

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たとえばわたしが死んだら ~番外編~

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少し前に、『たとえばわたしが死んだら』シリーズで、飼い主の死をめぐる、“飼い主亡き後問題”について考えた。

今日は、その番外編。

ただし、犬の話ではない。



シリーズのタイトルは、森田童子の楽曲『たとえばぼくが死んだら』にかけたものであった。

森田童子は、1975年にデビューしたシンガーソングライターであり、その存在は謎に包まれている。

友人の自殺をきっかけに歌いはじめるようになったという彼女は、一体どのような思いで、その魂を鳴らし続けたのだろうか。



今の若者たちが抱く無力感とは別種の虚しさを、私は彼女の音楽に感じている。

戦争が終わり、飛躍的な経済成長を遂げ、新しい時代へとひた走るこの国の端っこに、じっと息を潜め、生きていた若者たちの姿があったのではなかろうか。

ぽっかり空いた、社会の死角のような場所に。

高まりゆく気運に乗れず、あるいは乗ることを拒み、そうして立ち止まった者が弾き飛ばされるのは、いつの時代も同じだろう。

そんな若者たちの、狂おしい叫び声が、彼女の音楽から聴こえて来るような気がしてならない。



彼女はメディアに露出することはほとんどなく、小さなライブハウスを中心に、その喉を震わせ続けた。

そして、1983年。

多くの謎を残したまま、彼女は去っていった。

バブル景気にのみ込まれゆく社会から、そっと背を向けるように。



それから、10年後。

じわじわとバブル崩壊へ向かう中、テレビドラマ『高校教師』に彼女の楽曲が使用されたことにより、一気に注目を浴びることとなった。

が、このときも彼女は、一度も表舞台へ立つことはなかったと言われている。



私が彼女の存在に初めて触れたのもやはり、『高校教師』がきっかけだった。

当時中学生だった私は、何気なく眺めていた第1話の映像に、目を奪われた。

センセーショナルなテーマが刺激的に映ったことも、もちろんひとつにはあるだろう。

しかし、あの震えのすべてを、そうした好奇のうちに片づけてしまうのは、少し乱暴のように思われる。

美しい情景と不穏な揺らぎ、繊細で壊れそうな、その世界の悲しさに、私は圧倒され、魅せられたのだった。

そして何より心をつかまれたのは、森田童子の楽曲にほかならない。



それから私の毎日は、『高校教師』一色となった。

体育座りで微動だにせずオンエアに臨み、没頭。

翌日、学校から帰ると、さっそく録画を再生。

オンエアでセリフをすべて記憶し、録画を流す段には、役者より先に恍惚とそれをそらんじた。

ほとんど奇行の域である。

それほどまでに溺れていた私ではあったが、しかし、どこかで思っていたのだ。

いま自分の抱いている、この圧倒的なまでの感情は、思春期特有の高揚感や、幼稚な憧憬から来るものであろう、と。

けれども呆れたことに、どうやら私は、当時からまるで成長がないらしい。

この年になってもなお、『高校教師』のことを思うと、たちまち全身の細胞が震えはじめる。





『ぼくたちの失敗』

春のこもれ陽の中で 君のやさしさに
うもれていたぼくは 弱虫だったんだよね

君と話し疲れて いつか 黙りこんだ
ストーブ代わりの電熱器 赤く燃えていた

地下のジャズ喫茶 変われないぼくたちがいた
悪い夢のように 時がなぜてゆく

ぼくがひとりになった 部屋に君の好きな
チャーリー・パーカー 見つけたよ ぼくを忘れたかな

だめになったぼくを見て 君もびっくりしただろう
あの子はまだ元気かい 昔の話だね

春のこもれ陽の中で 君のやさしさに
うもれていたぼくは 弱虫だったんだよね





彼女の生み出す歌詞は、丁寧に練り込まれた小説のように、言葉の粒が呼吸している。

ひと息、ひと息、受けとる者の心の襞を、そっと撫でるのだ。

時にたまらない痛みを呼び起こしながら。

シンプルな言葉の連なりの向こうに、誰かの過去や人生を映して見せるのは、やはり彼女の才能と、その鋭敏すぎる感性によるものであろう。

地下のジャズ喫茶~のくだり、“変わらないぼくたちがいた”でなく、“変われないぼくたちがいた”と歌っているところに、当時の私は、はっと立ちすくみ、打ち震えた。

「たった一文字で、語られる背景がまるで違うものになるなんて、言葉の力って、すごいですよね」

文系の先生をつかまえては、そう興奮気味に繰り返し、「その情熱を勉強に向けられないものかね」とうんざりさせてしまったことを記憶している。





『たとえばぼくが死んだら』

たとえばぼくが死んだら そっと忘れてほしい
淋しいときはぼくの好きな 菜の花畑で泣いてくれ

たとえば眠れぬ夜は 暗い海辺の窓から
ぼくの名前を風に乗せて そっと呼んでくれ

たとえば雨にうたれて 杏子の花が散っている
故郷をすてたぼくが 上着の衿を立てて歩いている

たとえばマッチをすっては悲しみをもやす
このぼくの涙もろい想いはなんだろう

たとえばぼくが死んだら そっと忘れてほしい
淋しいときはぼくの好きな 菜の花畑で泣いてくれ





『みんな夢でありました』

あの時代は何だったのですか
あのときめきは何だったのですか
みんな夢でありました
みんな夢でありました
悲しいほどに ありのままの
君とぼくが ここにいる

ぼくはもう語らないだろう
ぼくたちは歌わないだろう
みんな夢でありました
みんな夢でありました
何もないけど ただひたむきな
ぼくたちが 立っていた

キャンパス通りが炎と燃えた
あれは雨の金曜日
みんな夢でありました
みんな夢でありました
目を閉じれば 悲しい君の
笑い顔が 見えます

河岸の向うにぼくたちがいる
風の中にぼくたちがいる
みんな夢でありました
みんな夢でありました
もう一度 やりなおすなら
どんな生き方が あるだろうか





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時代の片隅で、ひっそりと命を燃やした若者たちの、小さな声。

森田童子はそれを、自らの痛みとしてその身に刻み、歌った。

音楽にしろ、文学にしろ、そこに託される意義のもっとも重要なひとつに、少数者の声をすくい上げることがあるのではないかと、私は思っている。

もがきながらも必死に生きんとする、声なき声。

それは必ずや、誰かが伝えなければならない。

たとえほとんどすべての人に、その魂の叫びが届かないのであっても。




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