今日も明日も、マリリン日和

センター負傷棟から救出された雑種犬、マリリン。車いすを軽快に乗りこなすマリリンと、夫と、私。家族の日々の記録です。

<< PREV | PAGE-SELECT | NEXT >>

>> EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

>> EDIT

今夜も眠れない

CIMG7410_R4.jpg

マリです……(芸人ヒロシ風に)


初詣に行って、一年の健康をお願いしたら……


その晩、胃腸炎になったとです……


もう何も信じません……


マリです……マリです……マリです……

CIMG7382_R4.jpg







眠れなくなったのは、いつの頃からだったろう。

身体を壊しはじめた頃からか。

確かに当時、すでに眠りは浅かった。

が、今ほど残酷に、夜が時を刻むことはなかったように思う。

とすれば、やはり、救急搬送された夜。

数年前のあの夜を境に、眠りはいっそうよそよそしく、私の身体を避けるようになった気がする。



思えば子どもの頃から、眠りと私との関係は、好ましいものでなかった。

たとえば昼寝など、記憶にある限り、ほとんどしたことがない。

保育園のお昼寝タイムは、そもそも給食の居残りにより、常に廊下で過ごしていたし、家の中で寝るにしても、ただ目を瞑って寝返りを打っていることが多かった。

昼寝願望はおそらく人一倍だが、それがどうしてもかなわぬ体質らしい。

何か神経がピンと張りつめて、それが始終、身体を緊張させる。

考え事など頻りに頭を這いまわっては、心の無になることを許さない。

そうした神経の特性か、あるいはほかに要因が潜んでいるのか、いまいち判然としないが、ともかく、その辺に寝転んでみたり、乗り物の振動に身を任せてみたり、夜を再現し布団にすっぽりもぐり込んでみたり、さまざまに試みるも、まるで眠りはやって来なかった。



中学生の頃、授業中に、いわゆる不良的な友人の寝ている姿に誘われ、私も真似てみたことがあった。

苦手な数学の時間に狙いを定め、いかにも大儀らしく、でろんと机に突っ伏し、別に反抗したいことなどひとつもないのに無理やり反抗的な態度を背中に滲ませ、首尾良く眠りの体勢を整える。

素行不良に映っているだろう自分の姿をまぶたの裏に思い浮かべると、非常に満足のいく心地がした。

授業終了まで、50分間そうして寝続け、チャイムが鳴ると、だるそうに身体を起こしながら、「あれ、終わったん~? 寝ちゃったわぁ」とあくびをしてみせる。

友人らに、「○○ったらずっと寝てんだもん、叱られないかひやひやしちゃったよぉ」などと言われようものなら、「だいじょぶだってぇ。別に叱られたって平気だしぃ」とひらひら手を振りながら、ひとり会心の微笑を浮かべるのだった。

が、実のところ、私は眠ってはいなかった。

50分間、ずうっとだ。

寝よう、寝よう、と焦れば焦るほど、閉じた目の奥に意識が張りつき、頭はいよいよ冴え冴えとして、素行不良のはずが、不覚にもことごとく授業はその身に収録された。

しかも視界が暗く閉ざされているせいか、かえって耳は鋭敏になり、研ぎ澄まされた集中力でもって、ほぼ完璧なまでに。

恥の極みである。

ずっと起きていたんだよ、先生の話もみんなの私語も、ぜぇ~んぶ聞いていたんだよ、などと言えるはずもなく、その後も私は、しばしば苦行の如き居眠りに挑戦しては、悲しく敗北した。



高校生になると、自らの体質に観念した私は、居眠りを諦め、ただ漫然と授業を受けるようになった。

部活動の朝練で疲れているのだろう、ぐっすり寝入る友人らの背を、羨望の眼差しで見守りながら。

時折彼らは、私にこんな言葉をかける。

「○○はいつもちゃんと起きてて、えらいねぇ。寝てるの見たことないもんね。あたしなんてどこでも寝ちゃうんだから、やんなるよ~」と。

私は決まって、へらへら笑いながら、心の中でこう叫ぶのだ。

「ばか言っちゃあいけないよ! どこでも寝られるなんて、アンタは素晴らしい素質をお持ちなんだよ。その素質はね、この先きっと、何度だってアンタの心身を救ってくれるさ」



そういうわけで、昼の眠りに嫌われ続けた私は、20代前半に身体を壊し、間もなく夜の眠りからも拒まれるようになった。

頭痛発作やめまいによって吐き続け、眠るどころでなくトイレでのたうちまわっている日も少なくないが、そういった症状の出ていない、比較的穏やかな夜でさえ、眠りは私を拒絶する。

眠りに良いとされることは、片端から取り入れ実行したが、何の効果もなかった。

ようやくうっすらと訪れてくれた浅い眠りさえ、頑としてそこから沈む気色を見せない。

度重なる悪い夢にうなされては、汗だくで飛び起き、激しい動悸に心臓を揺さぶられては、動転して跳ね起きる。

そんな夜を過ごすうち、ここ数年は、導眠剤なしには一睡もできなくなった。



夫とマリリンの規則正しい寝息に包まれながら、茫々たる暗がりに、無数の不安が忍び寄る。

このまま生涯、私は眠れないのだろうか。

もしも薬の量が増えていったら、どうなってしまうのか。

睡眠不足が引き金となって、また明日も発作に襲われるのではなかろうか。

夫にあらゆる負担を強いて、この先も生きねばならないのか。

痛苦に呻き、社会の役にも立てぬまま、私は一体何のために――。

ぼんやりたゆたう灰色の意識に、若くして自ら命を絶った友人らのことなど、絶えず考えたりする。



さまざまに病院治療を受ける中で、私の持っていた導眠剤に対する躊躇や罪悪感を、ある時ひとりの医師が払拭してくれた。

「導眠剤は生涯のみ続けても大丈夫だから、それで眠ることができるのなら、今は何も心配せずに規定の量をのんでもらって構いません。

心身が楽になることのほうが、あなたにはよほど重要なことですよ」

それは天の声の如く、私を打った。

以来、規定量を守りながら、安心して服用しており、おかげで以前に比べていくらか眠りが近く感じられる。



そうしてすっかり導眠剤と懇意になった私にとって、今やその存在は生活に欠かせないものとなった。

ともに生きる相棒だと言ってもいい。

となれば、知らず知らず顔を出して来るのが、ある種の悪癖だ。

強迫観念にも近い、ストック癖。

ほかに処方されている諸々の薬については、まあ切らさぬようにしておけばそれでいいかなと、さほどの執着はないのだが、導眠剤だけは多めにストックを持っていないと、どうにも落ち着かない。

診察日の重なりによって、1~2日薬が残るのを、地道に少しずつためておき、時折それらを取り出しては、心から安堵の息をもらすのだ。

まるで札束を数えるが如く、錠剤を手に広げてほくそ笑んでいる様は、人間事情に疎いマリ坊でさえ、そのただならぬオーラにドン引きしている。



とはいえ、導眠剤も時に気まぐれなところがあり、毎晩確実に心地良い眠りを届けてくれるわけではない。

何か気がかりや後悔、反省の類いが頭をもたげ、漠たる不安が夜の底まで沈みゆけば、あっという間に朝陽は瞬き、鳥たちのさえずりが響きはじめる。

かくして、眠りとの闘いは、終わることなく、今宵も忍びやかに幕を開けるのだった。

寝室へ続く仄暗い廊下を踏みしめながら、胸を這い上がる不穏な気配に、私は耳をそばだてずにはいられない。

果たして今夜、眠りは訪れるのだろうかと。




| 私のこと | 09:45 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

<< PREV | PAGE-SELECT | NEXT >>

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。