今日も明日も、マリリン日和

センター負傷棟から救出された雑種犬、マリリン。車いすを軽快に乗りこなすマリリンと、夫と、私。家族の日々の記録です。

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ちっちゃいおじさんのこと

先日、RAIN DOGS CAFEのマスターより、ひとつの作文を教えていただきました。

夏の甲子園優勝を果たした大阪桐蔭、その主将を務めた中村誠選手が、中学3年生のときに書いた作文だそうです。

「友から学んだこと」

どういったページのリンクを貼れば良いのか分かりませんので、ここには貼りませんが、ご興味のある方は検索してみてくださいませ。

子どもの時分に出会った友人がきっかけとなり、私は「かわいそう」という言葉のことを、深く考えるようになりました。

以前、こちらの記事で綴っております。

小学生だったあの頃、全身で感じ、全身で考えた思いは、胸底に根を張り、大人になった今も変わらず、私を支えてくれています。

それと同じ思いを、中村選手も抱いていたようです。

作文の文字を追うごとに、友人の向日葵のような笑顔が思い起こされ、ぐしゃぐしゃと目をこすりながら、やっと最後まで読みました。

彼の作文に出会えたことを、深く感謝いたします。





          





さて、今日は、ちっちゃいおじさんのお話。



その朝、めずらしく頭痛はなかったものの、やや熱っぽく、どろりと重たい倦怠感が身体を支配し、布団から出るのに難儀した。

4年に1度の電気点検の日だったので、時間が気にかかる。

ちらりと時計を見やっては、動かぬ身体に嘆息し、また目を伏せた。

「母ちゃんや、メシはまだかい」と志村けんばりに迫ってくるマリリンの視線が、たいそう痛い。



8時近くになって、ようやく布団を這い出た。

休み休みしながらマリリン関連をこなしていると、あっという間に時間が過ぎる。

まだ顔も洗っていない。

汗でべたつき、気持ちが悪かった。

時計を見ると、まもなく9時になろうかというところだ。

電気点検の担当者は9時~10時の間に来るということだったが、なんとなく、9時ちょうどにピンポンということはあるまい、と思い、顔を洗い始めたら、9時ちょうどにピンポンと鳴った。

頭にはヘアーバンドを巻きつけ、顔じゅう泡でいっぱいだ。

急いで2~3度流したものの、それだけでは足りず、少々あわあわさせた状態で、玄関扉を開けた。

60代くらいだろうか、華奢な体躯のちっちゃいおじさんが、作業着姿に脚立を抱え、人の好さそうな笑みを浮かべて立っていた。

「電気点検ですぅ……、お忙しいところ、どうもすみませんねぇ」

「あ、いえ、こちらこそ、失礼な格好ですみません。顔をちょっとアレしたところだったものですから」

そこへ、ボッ!と低く警戒吠えを漏らしながら、マリリンが加わった。

私の足もとをすり抜け、おじさんと対面する。

瞬間、おじさんから、すうっと笑みが消えた。

「あ、ごめんなさい! 犬、苦手でいらっしゃいますか!」

慌ててマリリンを抱き上げようとする私を、おじさんの手が制した。

「いやぁ~、ちょっと……。う~~~ん……」

そう唸ったきり、やや顔を歪めて、じっと彼女を見おろしている。

マリはマリで、ぴくりとも動かず、吸い寄せられるようにおじさんを見あげている。

私ひとり、洗顔のことで頭がいっぱいだった。

早く泡を流しきりたい。

早く化粧水をつけたい。

ふいに、おじさんがつぶやいた。

「蹴られたね、昔」

「え?」

「相当ね」

「何がですか?」

問い掛けるも、私には一瞥もくれず、マリリンから目を離さない。



今思えば、おかしな会話なのだ。

私は、彼女の背負うもの、いわゆる保護犬であるとか、背骨が折れているであるとか、それらについて一切口にしていないのだから。

けれども私は、とにかく洗顔で頭がいっぱいだった。

脳は完全に別の場所を漂い、その場の会話を分析する余裕がなかった。

マリリンのおむつ姿や、ひょこひょこ下半身を引きずって歩く様子を見て、「どうしたの? 歩けないの? 交通事故?」と訊かれることはとても多い。

なので、ちっちゃいおじさんの言葉も、深く考えないまま、その中へ乱雑に放り込んでしまったのだ。

早く泡を流したい。

だんだん目に沁みてきた。



深刻な顔をしていたおじさんが、ふっとマリリンに笑いかけ、ようやく私のほうを見る。

「えっと、ブレーカーの場所は、どちらでしょう?」

「はいはい! さ、こちらへどうぞ」

待ってましたとばかりに、おじさんを案内した。

すっかりなついたマリリンが、ぬいぐるみを口にくわえ、いそいそと後を追う。

その隙に、私は泡を流し、化粧水をつけることができた。

やれやれ、すっきりだ。



おじさんは、チェック箇所を丁寧に検分してくれた。

かと思うと、うっかりスイッチに触れ、バチンッ!と家じゅうの電源を落とすというおっちょこちょいぶりも披露。

漫画のように慌てふためく様子は、和やかな笑いを誘った。



帰り際、靴を履きながらマリリンを見つめ、

「幸せになったのか。良かったなぁ」

そう言い残し、にこにこと去って行った。



見送った後、扉を閉めたところでふいに、一連の妙な会話が胸のうちをめぐった。

あれ?

私、この子が保護犬とか言ったっけ?

背骨が折れていて、その原因はわからないとか、そういうこと言ったっけ?

“蹴られた”なんて限定は、ちょいとピンポイント過ぎないかい?



よく話に聴く、動物と会話をするハイジなる女性のことが頭をかすめた。

動物番組を観ないので詳しくは知らないけれど、世の中には、私などの想像も及ばぬ不思議なことが、おそらくあるのだろう。

ただ、言っちゃあなんだが、というかほとんど偏見だが、あのちっちゃいおじさんと特殊能力とは、まるでイメージが結びつかない。

謎が残るばかりだ。

なんだか、泡と化粧水に気をとられている間に、私ひとり、大事なものを見落としてしまったような気がしてならなかった。



あの人は一体、何者だったのだろう。

ハイジ的なアレの持ち主か、ただのちっちゃいおじさんか。

ほんとうのところは、マリリンだけが知っている。



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| つれづれ | 09:32 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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雪に思う

先日の大雪、各地で大変な被害となりましたね。

関東甲信、東北を過ぎ去った後には、北海道の猛吹雪。

各地のみなさまの身を案じるばかりでございました。

私たちの地域では、カーポートが崩壊した家が点在し、それにより車が下敷きとなり壊れてしまっているお宅もありました。

我が家はテレビのアンテナがやられたくらいで、みな無事です。

2万円支払って電器屋さんにお願いするか、決死の覚悟で夫が屋根に上るか、激論の末、業者のおじさんの登場となりました。
(ウソです、迷うことなく2万円支払いましたよ、ええ。)

この辺りは、大雪が降ることを想定した住宅・地域構造になっていないため、ご近所のみなさん本当に当惑しておられました。

たまさかに雪に見舞われますと、首都圏は少しの雪で大騒ぎして、と揶揄される向きがございますが、長野県に生まれ育った私でも、慣れない雪に右往左往している方々を、さも自業自得のように突き放すのは酷だなぁ、と思うのです。

豪雨地域ではその備え、豪雪地帯ではその備え、暑さに寒さ、乾きや湿潤には、その備え。

その土地の特徴に応じて備えは異なりますから、例外的な備えまでをすべて網羅することは難しいように感じます。



それでも、このたびの2週にわたる雪、みなさん明るくたくましく、状況を受け入れ、乗り越えようとしていらっしゃいました。

道路に膨れ上がった雪を前にぼう然としつつも、ご近所総出で協力し合って、えっさほいさと雪かきに汗を流し。

普段あまりお話をする機会のない方々とも無事を確認し合う喜びを得られ、地域のつながりのありがたさに、改めて感謝の思いでいっぱいになりました。



山梨、群馬、長野などの一部の地域で、重大かつ深刻な状況に陥っていることを知ったのは、しばらく後のことでした。

集落一帯が孤立してしまっている地域もあり、凍死する方まで出ていて、命の危険が多くの方に迫っているのだと。

アンテナ工事を済ませ、テレビがつくようになり、オリンピック一色の報道にぼんやりと目をやる中で、天気予報のついでか何か、孤立地域の報せがあったのです。

文章にしてほんのわずか、家族で会話でもしていれば聞き逃してしまうほど、さらりと流されたその報せに、私は愕然としました。

どういうこと? 孤立地域って? 道路が寸断? 何がどうなっているの?

ついでの報せで知り得たキーワードをもとに、すぐにネットで調べてみると。

見捨てないでください、助けてください、という現地の方々の切実な声が、そこにありました。

オリンピック報道に追いやられ、地元以外ではほとんど報道がなされていないことを知りました。

その後、どういう動きがあったのか、おそらくは、物流の停滞による物資の不足が発生し、それほど雪の被害を受けていなかった広範囲にわたる人々にまで、にわかに生活の不利益が現実のものとなってきたからではないかと邪推しますが、ある時から不可解なほど一斉に、これらの関連報道がなされるようになりました。

オリンピック一色だった数日がなかったかのような報道ぶりで、まことに不思議な気持ちがしましたが、とにもかくにも、現実がすくい上げられたことに、ひとつの安堵を覚えました。

とは言え、天気予報のついでとして適当に扱われていた間のことは、やはり黒いしこりが胸に残ります。

山梨などの孤立地域の中には、普段10センチの積雪でも大慌てになるほど雪に慣れていない地域もあったようです。

経験したことのない悪夢にさらされ、どれほどの恐怖に身を震わせておられたことでしょう。

それを思うたび、胸が沈んでゆきました。

国のために、個人が切り捨てられる。

ようやく手放しで得られるようになった現地の情報を見守りながら、奥田英朗さんの小説『オリンピックの身代金』が、脳裏にちらついたのでした。



国家を揺るがす大規模な災害であれば、たとえそれがオリンピックの最中であろうとも、おそらく報道は事態の発生当初からすでに切実な色を見せていたことでしょう。

今回のように限られた一部の地域の被害ならば、物流の停滞などの大規模な不利益が現実に発生していない限り、当事者以外には、まったくの他人事だということでしょうか。

結局のところ、大きいか小さいか、センセーショナルかそうでないか、ということでしょうか。

しかし。

大きな災害と、小さな災害。

人の命ということにおいて、そこに一体いくばくの違いがありましょう。

小さき声を切り捨てる報道ならば、私には必要ありません。



今回の件だけでなく、ミスリードや偏向、媚び、作為的な扇動、差別に逆差別、弱者の置き去り、いじめの体現とも言える構造など、昨今の報道姿勢や想像力を欠いた世の中の風潮には、次世代、次々世代へとつなぐ未来に不安を抱かざるを得ないものがございます。

弱者や少数者の切り捨ては、いずれ、戦争の精神を生み出す種となるでしょう。

優先されるべきは、国家であり、多数の関心事なのでしょうか。

東京がオリンピックの開催地に決定した際、ひそかに憂えた私は、ややもすれば非国民と言われるやもしれません。

しかしながら、オリンピックの陰には必ず多くの犠牲が強いられてきた歴史を、やはり知っておく必要があるのではないかと思います。

2020年、被災地が置き去りにされ、弱者や動物たち、末端の労働者が当然の如く犠牲を払わされたあげく、それらの事実が表に出ることのないまま蓋をされるようなことにだけはならぬよう、拭いきれない不安の中で祈ります。

私に何ができるわけでもなく、おろおろとうろたえるばかりではございますが、声の届きにくい少数者や弱者に心を寄せる者でありたいと、子どもの時分より唱え続けてきたその思いを、改めて胸に刻む一週間でありました。



そんな折。

マリリンはと言うと、雪に覆われた日々は、やはり具合を悪くしておりましたが、その後ぐっと気温が上昇したある日の昼中、元気な表情を見せてくれました。

下痢は相変わらず治らないものの、久しぶりにのんびりとお散歩にも出かけることができました。



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ところどころに盛り上がる雪の塊を避けながら歩いていると、向こうから杖をついて歩いて来たおばあさんが、私たちの前で、腰を反らせて立ち止まります。

きれいな真っ白い髪をふわりと揺らし、しわしわの目尻を下げて言いました。

「んまあぁ~! なんてやさしいお顔をした子なの。」

無視を決め込むマリリンの代わりに私が立ち止まり、ゆっくりと頭を下げました。



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行く先々で「あたしゃ~ね!!」とエバリ散らしているマリ坊に、やさしい顔という表現が何だかとてもおかしくて、思わずふき出しそうになりましたが、いろいろな思いで胸のふさいでいるときに、こうした出会いは本当に救われます。

おばあさんの背中を見送りながら、覚えずまぶたが熱くなり、慌ててお散歩を再開させたのでありました。



| つれづれ | 09:37 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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受容

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マリリンの体調不良が、だらだらと続いている。

穏やかに過ごす日もあるし、調子を見て散歩にも行くのだが、それでも以前とは明らかに違っていて、全体的な不調ぶりが、ぴたりとくっつき、離れない。

ここ数か月、いつもどこか元気がなく、だるそうだ。

うつむいて、落ち込んで、そんなにならなくてもいいじゃないかと途方にくれるほど頭を垂れ、部屋の中をゆらゆら彷徨い歩いている。

体調が悪ければ当然、臆病にも拍車がかかる。

あらゆる音だの気配だのに震えあがり、熟睡できないらしい。

彼女の身体的、精神的な症状に合わせ、ますますマリリンに付きっきりの毎日だ。

調子の悪そうな、その気配を感じるだけで、頭は働かず、何も手につかなくなり、ここ最近、やるべきことができていない。

でも、それでいい。

彼女のつらさを、少しでもこちらに分けてほしい。



いくつか症状がある中で、不安にならざるを得ないのは、下痢だ。

日に何度も、下痢をする。

そのためか、少し痩せてしまった。



彼女は、これまで不思議なほどに腸の強い子であった。

胃腸炎は頻繁に彼女を苦しめるものの、ほとんどの症状が胃のほうに出ているようで、ヒンヒン苦痛にうめきながら、あらま、というような、ころりと良いうんちをしたりする。

要するに、下痢という症状は、この子の身体にまったく馴染んでこなかったのだ。

それが、12月からこの調子。

原因は、わからない。

整腸剤をはじめ、腸に良いとされることはさまざまに試してみたが、イマイチ反応はない。

まるで改善の兆しを見せないため、これは大変な病気なのではないかと、病院に駆け込んだ。

いつもの先生ではなく、どれだけ待ってもいいので!と院長を指名する。

院長は、エコーから血液検査に至るまで、実に丁寧に診察してくださり、長い時間をとって私たちの話に耳を傾けてくれた。

検査結果として浮かび上がってきたのは、肝臓の数値が前回の血液検査に比べ、大幅に悪くなっていることだった。

しかし、この数値が、直接的に腸に影響を及ぼしているとは、考えにくいらしい。

つまりは、下痢以外の症状のほうに、肝臓が関与していることはもしかするとあるかもしれないが、下痢の要因にはなり得ないそうだ。

肝臓の対策はこれまでも行ってきたが、今回の数値の結果、サプリを試してみることになった。

サプリで効果がなければ、熟慮の上、投薬の可能性もある。

ひとまず、肝臓については、院長との相談により、できることを続けていくことにした。



で、下痢のほうである。

これには、院長も頭を抱えていた。

検査結果からは、下痢を引き起こすような要因が、まるで見当たらないのだ。

さまざまな可能性を排除していった結果、最後に残ったのは、私たちがもっともおそれていた、神経の問題であった。

やはり怪我で脊髄を損傷した犬が、冬になると神経系に異常が出て、春になるまで下痢が止まらない、といった例があるそうだ。

以前から、神経については、院長から言われていた。

この子の場合、これから年とともに、神経がさまざまな形で悪さをすることが出てくるかもしれない、と。

彼女は下半身へつながる神経が断裂されており、脳からの指令は届かないが、当然、身体のすべての神経がだめになっているわけではない。

その残った神経が、おそらくは健常犬の神経と違い不完全な状態に置かれているからだと思うが、とりわけ寒くなると、何かしら身体に不具合を起こすらしい。

去年の冬は下痢をした記憶はないのだが、やはり加齢も影響するということか。

神経は、てんかん発作と同様に、ほとんど神の領域であるから、私たちには太刀打ちできない。



どうにもならぬものを前にして、おろおろもするのだが、一方では、根拠のない漠然とした“大丈夫”があり、また受容への覚悟もある。

神経がどんな悪さをして、どんな風に暴れるのか、またそれが症状という形で出現したとき、マリリンをどう苦しめるのか、今の時点ではすべてを予測することはできない。

けれども、暴れたければ暴れてごらんよ、という落ち着いた気持ちがどこかにある。

そりゃあ15歳、17歳、いやいや20歳まで生きてほしいという願望が、ないはずはない。

そりゃあ、どこも痛くなく、どこも不具合を起こさず、老衰で死んでほしいという願望が、ないはずはない。

この子の背骨を撫でさするたび、見えない過去がまぶたに映るのだから、なおさらだ。

これまでの分まで、この子には幸せであってほしい、と思う。

私たちの根っこを引き剥がせば、その狂気じみた生々しい願望が、たちまち目を光らせるであろう。

しかし、それほどまでに望みながらも、どこかでやはり、すべてを受容する静かな思いもあるのだ。

もともと、その犬生の半分は、苦しみの中を這っていたであろう子だ。

今こうして命があるだけで、十分じゃないか。

もしも身体が悪くなり、痛みを生じるのなら、病気を治すよりも、まずそれを取り除くための治療に専念すればいい。

幸い痛みが出ないのなら、可能な限りの治療をめざし、けれどこの子が安穏に楽しく生きられることを一番に、その道を探ればいい。

私たちの力が必要ならば、いくらでも使ってくれ。

マリリンが生きたいように、生きればいいのだから。



こうした障害を持つ犬との生活は、世の中において、なかなか理解されづらい。

身体的、精神的に消耗する部分は非常に大きいが、それでも多くの家族は、とても充実して、障害や、そこから派生する病気と向き合っている。

その日々が、どのように素晴らしく、どのようにしんどく、どのような思いで、この瞬間、瞬間を生きているのか。

犬との生活経験がなければ特に、理解できない生き方かもしれない。

おそらく、老犬介護と同種の分かりにくさをはらんでいる。



しばしば思いも寄らぬところから、冷水の如き言葉を浴び、さっと青ざめる思いをする。

そうして心臓がひりつくたび、分からないものを決して認めない、という人間の持つ性質をまざまざと見せつけられ、ぼう然としてしまう。

このブログでも折に触れて書いて来たことだが、分かり合う、理解し合う、といった観念はほとんど有り得ないものであり、はなから望んでもいない。

人間が思考を持ち合わせている限り、分かり合う世界など、絵空事であろう。

分からなくてもいい。

理解できなくてもいい。

けれど、相手が大事にしている思いを想像し、その価値観や生き方を、互いに“認め合う”ことはできる。

認め合うことさえできれば、世の中の悲しみの多くは消えてゆくだろう。

そう信じている。

残念ながら、人間の根元的な性質が、現実にはそれを難しくさせているわけだが、しかし一方で、マリリンとの生活については、それでもいいや、とも考えるのだ。

今の生活を、この生き方を、私たちは大事にしたい。

子どもひとり生み出さず、社会で働きもせず、障害を持つ犬にかかりきり、何の生産性もなく、社会貢献もしていないが、これが私の精いっぱいだ。

認められない生き方だとしても、それでいい。



常識人ぶったしたり顔に、乱暴されてなるものか。

この手に慈しみ守ってきた、繊細で濃密な彼女との生活を。

簡単に分かられてたまるものか。

この切なくも愛おしい日々を。



| つれづれ | 09:25 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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不完全を愛す

正月三が日も過ぎ、世の中がゆっくりと新しい年に馴染み始めた頃、マリリンを夫に預け、久しぶりに電車に乗った。

わりと近くに停留所があることもあり、バスは日常的に使うが、電車はそう機会がない。

普段、ちょっとした買い物や病院を除くと、マリリンに付きっきりの生活なので、ひとりで出かける時間は、それがたとえ憂鬱な用事であろうとも、どこかウキウキと足取りが軽くなる。

その日も、きちんと自らを律していなければ危うく人前でスキップでもしてしまいそうに、新鮮で楽しい気分だった。

電車に乗り込むと、浮き足立つかかとをなだめながら、空いていた座席に座る。

マリリンとの生活を始める前は、電車や人ごみにうんざりすることが多かったのに、それらが今はうれしい存在となってしまうのだから、不思議なものだ。

かずかずのうんざりポイントが、妙な刺激に変わる。



とある駅に電車が停車すると、ひとりの青年が、颯爽と乗り込んできた。

大学生風の彼は、180cm以上であろう長身をピンと伸ばし、毛先を遊ばせた髪を揺らしながら大きな歩幅で歩いてくると、長すぎる足を丁寧に折り曲げ、私のいる7人掛けシートの通路を挟んだ向かいに座った。

正面から顔を見て、びっくり。

つるりと滑らかな陶器のような肌に、整った目鼻が行儀良く並び、なんとまあ、一言で言って、美しいのだ。

最近俳優に復帰されたという水嶋ヒロさんをどこか思わせる、その出来すぎた風貌に、男女問わず車内のみなさん、思わず二度見。

私とヒロさんの間の通路を通る人も、一瞬彼に目をやると、みな一様に、ハッとして立ち止まりかけ、慌てて自分を取り戻し、通過していく。

身に着けるものに至るまで、すきがなく、ザ・オシャレ!という感じ。

マフラーにジャケット、細身のパンツが、どれも非常によく似合っていた。



最初はみなさん穴の開くほど彼を見ていたものの、電車が発車し、しばらくすると、スマホやゲーム、または眠気のほうがよほど興味の対象となるようで、まもなく通常の空気に戻った。

が、私ひとり、目が離せなくなった。

ヒロさんに、というより、ヒロさんの行動に。

おもむろに彼がバッグから取り出した本の表紙に、目が釘付けになったのだ。



『とにかくモテる男になれる本』



驚きのあまり、表紙とヒロさんの顔を行ったり来たり、何度も視線を上下させた。



この人、モテたいの!?

この容姿を持ちながら、それ以上に?

今だって、十分過ぎるほどモテているでしょう?

毎日、何人もの女性があの手この手で愛をささやいているだろうに。



理解の範囲を超え、若干パニックに陥った私の頭の中などお構いなしに、ヒロさんはモテる本に熱中し始めた。

涼しい顔をして読んでいたのが、次第に本を覗き込むように頭を垂れ、まばたきも惜しんで文章を追っている。

こうなると、私の興味スイッチは連打されまくり。

外見と行動のちぐはぐさに、脳内が支配されてゆく。

先ほどまでその世界に入り込んでいた宮本輝さんの小説も、同じページで止まったまま、本の感触だけが手にあった。

主人公の男が打ちひしがれている場面から先へ、進めなくなってしまったのだ。

男が苦しみから解放されるように早くページをめくってあげたいのはやまやまなのだが、いかんせん、モテ本ヒロさんの威力たるや、ハンパなし。

ついにヒロさん、バッグから蛍光ペンを取り出し、ラインマーカーを引きはじめた。



そんなにかい。。。

そんなにモテたいのかい。。。

一体、あんたに何があったのさ。



次第に姉のような気分になってくる。



再びバッグに手を入れるヒロ。

なんだい、違う色のペンでも取り出そうってのかい、と切ない気持ちで見守っていると、手にしたのは、ポケットティッシュ。

次の瞬間、1枚をカッコよく取り出したヒロは、左手で本を持ったまま、右手ひとつで思いきり鼻をかみ始めた。

右手の親指を右小鼻に押し当て、ドビーーー!!!

続いて右手中指を左小鼻に押し当て、ビヒャーーー!!!



呆気にとられるとは、このことだ。

鼻をかむ表現としてよく用いられる、チーンなどといった生易しいものじゃない、モテ本ヒロは。

肺を痛めるんじゃないかと心配するほど思い切った鼻かみで、周囲を圧倒した。

決して本からは目を離さずに。



あんた。。。



切なさに、胸がきゅう、となる。



ちょいとあんた。。。それだよ、それ。

それをまず、おやめなさいな。

周囲に意識を置かぬ大胆さから察するに、ほかにも何かしらありそうな気もするけれど。

まずはさ、まずは、片手ドビーーー!!をおやめなさいな。

話はそれからだよ。



そう声をかけてやりたい衝動をぐっとのみ込み、目的の駅で電車を降りた。



きっと、ヒロのその不完全さを愛おしく包み込む素敵な女性が、いつか現れるだろう。

ホームを満たす都会の殺伐とした空気の中、胸の奥にほのぼのとした温かさがにじみ、雑踏へ大きく一歩、踏み出した。






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「Mr.Childrenも『Hallelujah』の中で、歌っているよ。“優雅に暮らしていこうとするよりも、君らしい不完全さを愛したい”ってね。」




| つれづれ | 10:08 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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「かわいそう」の言葉

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みなさま、こんにちは♪

今日は、ブログお休み前の、最後の記事です。

一緒にお付き合いいただけたら、うれしく思います。

私が子どもの頃からずっと考えてきた、ある言葉についての、お話。





マリリンと一緒に暮らしていて、よく掛けられる言葉の年間記録ダントツトップ。

常に不動の第1位を守り抜いている、あの言葉。

それが、「かわいそう」です。



みなさまは、この「かわいそう」という言葉、どんなときに使ってらっしゃいますか。

この言葉に、違和感を覚えたことは、ありませんか。



私たちは、マリリンとの散歩の中で、また外出先で、一日に何度となく、「かわいそう」と言われます。

眉をしかめ、隣の人の腕をつつき、「やだ~うそ~」と両手で口を押さえて。

子どもたちも、ほぼ全員が、そろって判で押したように、「かわいそう~」「かわいそうな犬~」。

みなさん一様に、悲嘆にくれ、同情に酔い、“心を込めて”「かわいそう」の言葉を置いていきます。



穏やかであるはずの、散歩の時間。

過度な同情、また嫌悪の発露として私たちに向けられる言葉は、実にさまざまです。

「悲惨」「むごい」などはお馴染みであり、時には、この飼い主はこの犬にどんな過失を行ったのだ!(よもや故意じゃあるまいな!?)という“愛犬家”による非難の声もめずらしくありません。

陰鬱な気配を伴って背後から忍び寄り、差別的な言葉をささやかれることもございます。

そういった、身体の芯が一瞬にして青ざめる類いとは違いますが、「かわいそう」は、それに匹敵する息苦しさをもたらす言葉であり、私たちは、ひどく、胸が冷え冷えとするのです。

毎日のことなのに、いまだに慣れることができません。







「かわいそう」には、2種類の使い分けがあるように思います。

1つは、何かちょっとした出来事が起こったときに使う、「かわいそう」。

例えば。

小さな子どもが転んでしまった → かわいそうに、痛かったねぇ~。

風邪をひいて寝込んでしまった → 具合悪いのかい、かわいそうに、つらいねぇ。

自分一人だけお留守番になった → 一緒に行かれなかったの?それはかわいそうに。

これらは、比較的、軽めの使い方です。



それに対し、もう1つの使い方としては、本人にはどうにもならない境遇のようなものを対象にした、「かわいそう」。

例えば。

さまざまな障害、病気に対して。

親がいないなどの、人生における境遇に対して。



両者とも、「同情」がベースとなっていることについては共通するところですが、2つ目の「かわいそう」が向けられるのは、本人にはどうすることもできない事象です。

1つ目の「かわいそう」においては、例えば転んでも傷はすぐに治るし、いやなことがあってもいつかは過ぎ去る。

けれど、2つ目の「かわいそう」の対象は、本人に何の責任もなく発生し、本人にはどうすることもできないまま、大抵は、継続する事象です。



また、基本的に、「かわいそう」という言葉は、目下の者に対して掛ける言葉であることも、重要なポイントだと思います。

例えば、おじいちゃんが孫に対して「おうおう、痛いのかい、かわいそうになぁ~。」と使うのは、孫は目下の者であるわけですから、当然何ら違和感は感じません。

しかし、障害や病気、境遇に対しては、どうでしょう。

なぜ、下に見る必要があるのか。

こういった方々に対し、なぜ人は上から目線になってしまうのでしょうか。

そこには、優越が存在しているからだと思うのです。

2つ目の「かわいそう」は、同情がベースであるものの、その向こうに、好奇や優越が見え隠れします。

「どういう状態なのかもっと見たい、事情をもっと知りたい」という好奇。

「自分や自分の家族は健康で良かった、“普通の”家庭で良かった」という優越。

そういった精神が、身体のどこかに存在しているのではないでしょうか。

自分は、2つ目の使い方の「かわいそう」を、親しみと優しさをもって使用している、という方もいらっしゃるかもしれません。

それは、おそらく、「かわいそう」を口にする側のみが抱いている感情です。

どうか、少し立ち止まり、あらためて想像してみていただきたいのです。

自分が障害や病気を持っているとして、他人から、「あの人かわいそう」と言われている場面を。

そこに、本当に、親しみと優しさを、感じられるでしょうか。

その言葉を向けられ、やわらかな気持ちになるでしょうか。







「かわいそう」

私がこの言葉について深く考えることになったのは、小学生の頃でした。

私も、小学生までは、2つ目の使い方で「かわいそう」を使っていた一人だったのです。



あれは、小学校4年生くらいの頃でしたでしょうか。

それまで校内の養護学級で勉強していた、知的障害のある女の子が、私のいるクラスで一緒に学校生活を送ることになりました。

養護学級がなくなるためか、はたまた何か大人の事情があったのか、その理由は、記憶しておりません。

とにもかくにも、ある日突然、彼女がクラスに加わったのです。

そして、○○ちゃん係という係がつくられ、先生から私が任命されました。

いま思えば、○○ちゃん係などと言う名称自体が問題であろうと思いますが。

なぜ私が任命されたのかは、はっきりと分かりません。

それまでも頼まれ事をいつも引き受けていたので、おそらく言いやすい子どもだったのだろうと認識しています。



当時、私は、いじめを受けていました。

ボス的な女子の目の敵にされ、そのボスにクラスの女子が従っていたという、よくあるパターンです。

いじめは、保育園から続いていました。

きっかけは、私の虚弱体質です。

常に色々な病気にかかっていたので、病院から運動その他の制限を設けられることが多く、何かと周囲と同じことができませんでした。

あれもできない、これもやっちゃだめ。

身体を動かす類いのことは、ほとんどできません。

みなと同じ内容の生活を送れないことは、逆に言えば、私だけ特別扱いをされているように見えたのだと思います。

人を貶めることで自らの平穏を得ようとする、そんな人間の根源的な性質が、わずか5歳足らずで十分に備わっていることを知りました。



そして、運のないことに、小学校に上がった際、保育園で一緒だったそのボス女子と、また同じクラスになってしまったのです。

クラス替えのない学校でしたので、6年間、耐え続けなければなりません。

朝から夕方まで、誰からも言葉を交わしてもらえず、ボス女子の鋭利な悪口に身を切られ、それに従う笑い声に心をえぐられる毎日。

年に数回、なぜかボス女子が私の存在に許しを与えるときがあり、その間だけ、ほかの女子がぎこちなく会話をしてくれます。

うれしいのです。

悪口を言われず、みながしゃべってくれるのは、とてもとても、うれしいのです。

同時に、つらかった。

一瞬でも喜びを知ってしまった心は、それを知る前よりずっと、弱く、脆い。

許されたあと、再び私の存在を消される日。

それは、永遠に許されないよりも、つらいものでした。



私は、いじめを受けている自分を、ひどく恥じました。

長年いじめが続いているのは、自分の存在そのものが、悪なのかもしれない、と。

目立たないように、目立たないように、存在を消し、ひとりで過ごしました。

むせかえるような悪意にまみれ、その中心にうずくまり、ひっそりと、呼吸するだけ。

クラスの中で生きながら、私はそこにはいなかったのです。

生まれて数年で知る、圧倒的な絶望でした。



唯一救われたのは、本を読む時間。

休み時間に、それぞれのグループでおしゃべりに集中したり、校庭へ遊びに行ったり、連れ立ってトイレに行ったりする間、自分の席で、本の世界に入ります。

頭の中は、自由です。

その自由を奪い、支配することは、誰にもできません。

とりわけ、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』との出会いは、特別なものがありました。

ジョバンニとカムパネルラの、痛みを共有する鋭敏な感受性と、やさしさに満ちた想像力。

そして知る、それぞれにとっての、「ほんとうの幸(さいわい)」。

息も吸えないほどの涙をもたらしたその物語は、小さな胸に、ひとつの光を見せたのです。

生きることへの、切なく、狂おしい光。

「ぜんたいの幸福なくして、個人の幸福なし」

私にとって、魂の奥底を揺さぶられるメッセージでした。

たくさんの物語が、私の中で生きてくれたから、生きることをおしまいにせずに済みました。



そんな中、突然に始まった、障害を持つ彼女との生活。

ぴたりと机を寄せ合い、試行錯誤しながら、身のまわりのことを行いました。

日常会話は難しいため、ごく簡単な単語を用いて、互いの意思をやりとりします。

うれしかったのは、「○○ちゃん」と、私の名前をすぐに覚えてくれたこと。

私たちは、少しずつ、少しずつ、気持ちを分け合ってゆきました。



彼女は、よだれが流れてしまいます。

垂れるというよりは、口元からあふれ出て、流れているのです。

子どもながらに、「ずっとこんなに流れていて、水分が足りなくなるのではないだろうか」と心配しました。

クラスに来た当初は、よだれ掛けのようなものを装着されておりましたが、彼女はそれがあまり好きではないようです。

それに、あまりに流れ過ぎて、よだれ掛けでは間に合いません。

何枚かタオルを用意し、よだれを拭くことにしました。

嫌がるかな、と不安に思いながら、そっと口元に手をやると、最初こそ驚いたようにこちらを見たものの、それ以降は、自分から口を出してくるようになりました。

2~3分置きにはあふれ出るので、授業中も休み時間も、常に一緒に行動しました。

そのうちに、あっちに行きたい、こっちに行きたい、と意思表示をしてくれるようになり、休み時間に彼女と校舎を歩くのが楽しみになりました。

私ばかりが、何かをしていたわけではありません。

彼女との生活が始まってから、あれほど虚弱で病気ばかりしていた私の身体が変わりました。

少しずつ寝込む日が減り、学校を休むことが少なくなってきたのです。

肉が食べられないことで、居残りばかりしていた給食。

肉の入った器を見つめ、ぽたぽた涙を落とす私の背中を、彼女はいつも、遠慮がちに撫でてくれました。



ぴたりと寄り添って生活する、私たち。

いじめられっこと、障害を持つ女の子。

当然、好奇と悪意の対象となります。

よだれを拭くのが汚いと言って、私へのいじめは悪化しました。

けれど、こわくなかった。

彼女がいたから。

彼女の笑顔は、まさに向日葵のようでした。

眉毛の上で切りそろえられた前髪を揺らし、ほかほかと笑う、あの笑顔。

彼女は、いつも、日向の匂いがしました。



そんな彼女との日々が始まり、少し経った頃のこと。

休み時間に、彼女とふたりで校舎の中を歩いていました。

ひとりの先生が、前からやってきます。

先生は、彼女が私のクラスにやって来たことは知っていましたが、私と彼女が寄り添って過ごしていることは知らなかったようで、その場で少し話をしました。

私は、彼女との豊かな日々について、伝えました。

先生は、目を細めて聞いてくれています。

そして、話の中で、私は、例の言葉を口にしたのです。


「○○ちゃんはね、障害があるのはかわいそうだけど、でもすごくがんばってるの。」


にこやかな先生の顔が、少し曇りました。


「ん? ちょっと待って。」


そう言って、私の目を見つめます。


「かわいそう、かな?

○○ちゃんは、かわいそうだと思う?

かわいそう、という言葉は、何か違うと思わないかな?」


ひゅうと喉がつまり、緊張が走ります。

どくん、どくん、どくん、どくん。

心臓が、大きく波打ちました。


私は、先生にまで、嫌われてしまう。


ぐにゃりと地面が歪むような、強い恐怖に襲われたのです。

自分の失敗により、先生を失望させてしまったこと、そのことが、とてもこわくて、ショックでした。


「ごめんなさい。」


真っ白になった頭で、隣の彼女と先生に、謝りました。

先生は、言います。


「ううん、怒っているんじゃないよ。

ただ、少しだけ、考えてみてもらえないかな、かわいそうという言葉について。」




それから、ずっとずっと考えました。

隣で笑っている彼女を見つめながら、授業中も、帰り道も、家に着いたあとも。

一晩中考え、翌日、先生に会いに行きました。


「先生、かわいそう、という言葉は、違いました。

この言葉は、障害を持つ人を下に見ていることになります。

上も下もないのに、知らない間に、自分が上のような気がしていました。」


緊張で涙があふれ、途中から嗚咽も混じります。

先生は、ゴシゴシと頭を撫で、抱きしめてくれました。


「よ~し! よく考えたね。

先生はそれが言いたかったんだよ。

考えて、報告してくれて、うれしい。

よくがんばった!」


先生の手の温かさに、安堵の気持ちがあふれ出し、どっと泣きました。

これが、私が「かわいそう」について考えた、最初のきっかけです。





それから。

彼女との濃密な時間は、静かに、そして豊かに流れました。

卒業式の日。

式が終わり、そろそろ帰りの支度を、というところで、彼女のおかあさんが、彼女を連れ、私のそばへやって来ました。


「今まで、本当にありがとう。」


そう言って、ギュッと手を握ってくれました。

続いて、彼女の顔を見つめ、ゆっくりと言います。


「○○ちゃんとは、今日でお別れだよ。 ありがとうって言おうね。」


おかあさんの言葉にきょとんとした彼女は、しばし黙りこくっていました。

そして、私の顔を見つめると、次の瞬間、びっくりするほど大きな声をあげました。

顔を真っ赤にして、全身を震わせ、泣いたのです。





彼女との日々は、大人になった今も、たびたび思い出します。

あの向日葵のような笑顔が、きっとどこかで、ほかほかと咲いていることを願いながら。

今、彼女に、無性に会いたいです。





          





今日から当面の間、ブログはお休みに入ります。

今後のことは、わかりません。

ひとまずは、何も考えず、マリリンと一緒に心身を整えたいと思います。



ブログはこのまま残します。

リンクはフリーですので、ブログそのもののリンクや、特定の記事のリンクなど、貼ったり剥がしたり、ご自由にしていただいて構いません。

リンクなさる際、事前のお申し出は不要でございます。

できれば、ブログをリンクしましたよ、○○の記事をリンクしましたと事後報告を一言いただけるとありがたいですが、なくても構いません。

ブログ内の写真や記述についての転載は、お断りさせていただきます。

どうぞよろしくお願いいたします。



今後は、マリリンに会いに来てくださる方、何かの検索でお越しくださり、拙い過去記事に目を通してくださる方、またフィラリア等でお悩みの方にゆっくりしていっていただける場所になれたら、幸いに存じます。

メッセージについては、しばらくこのまま拍手コメント欄を残しておきますので、そちらからお願いいたします。

どの記事の拍手コメント欄に書いてくださっても、私たちのほうに届きます。

いただいたコメントは、ひとつひとつ大事に拝読させていただきます。

大変心苦しいですが、お返事はできませんことを、お許しくださいませ。





このブログに訪れた方が、どんなお気持ちで記事をご覧くださっていたか、それは分かりませんが・・・。

私自身は、本音の部分と向き合い、保護犬、車いす、フィラリア、障害などを巡る思いを、ひとつの信念の中で、書き記してきたつもりでおります。

お休み前の最後の記事となりました今日のお話は、自分の中で、精神を削られるものでした。

いじめに関する記憶が、今もこれほど心身を乱す存在であることに、驚きます。

人間に最も必要なものは、「想像力」である。

小学校の日々の中、私はその思いにたどり着きました。

あれから、さまざまな道程を歩み、30代を迎えましたが、その生きづらさのようなものは、いまだ連綿と続いております。

ブログというネットの世界で発信することは、私にとって、つらいことの絶えない日々でした。

けれど、ブログのやりとりを通じて忘れられない出会いに恵まれたことも、大切な事実です。

マリリンがつないでくれたご縁に、感謝します。

いつも温かく見守り、応援してくださったみなさま、本当にありがとうございます。

今日までやってきたことに、ひとつも後悔はありません。





この世界は、とても、生きづらい。

しかし、私もこうして生き続け、さらなる未来に向かい、歩いております。

夫とマリリンに出会えたことに、感謝の思いが尽きません。




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「あたしのことだよ!!」



そう、マリリンに、価値観も生き方も、変えられました。

彼女の生きる姿に。

どこまでも無垢で、静かな瞳に。



これから、動物たちに、恩返しをしたいです。

同時に、生きづらさに苦しんでいる人たちに、寄り添いたい。

胸の奥底に、震える魂を持っている、そんな人。

たくさんつらい思いをしていると思います。

容赦のない、この社会の中で。

そんな方々に寄り添うものを、書いてゆくことができたら・・・。

それが、今の私の、小さくて頼りない、ひとつの願いです。



みなさま、本当にありがとうございました。

またお会いできる日まで。



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「みんな、ありがとう! またね~!」


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